6/4の「始末に負えない」で記したことだが、廃油処理をしようとディーラーやガソリンスタンドを訪ねて応対してくれた人たちの丁寧であったこと。まるで廃油処理設備がないことを申し訳ないと謝るような気配に感心したのだったが、旅の往き来に読んでいた本の中で二人の哲学者がこんな話を交わしていたので、ちょっと見方を変えた。
《K ……学生に接していると思うけど、本当にビクビクしている学生は多くて、人と違うことをなかなか言えないんだよね。/C 本当に遠慮しますね。ゼミみたいな空間でも他の人に異論を言うとかできない。異論を言ったら人を傷つけるんじゃないかと思っちゃうんですよ。》
もうかれこれ十年も前になるが、同じような場面に私も遭遇したことがある。持っていた大学講座の教室で、一人の学生の発表に対して質問をした学生に、他の学生が(批判的な質問をするのは失礼じゃないか)と「(授業後に提出する)リアクションペーパー」に書いたことがあった。教室の質疑や論議がイケナイというのはどうして? 論議や遣り取りこそが、大学の教室の本命じゃないかと次の時間に私が問題提起して遣り取りをしたことがあった。人を受け容れるということと質問・批判をするしないということとは別物じゃないか。意見の相違を明らかにして何処が、なぜ違うか、共通のベースは何処かを探ることが社会関係の第一歩。それを公に遣り取りできるのが大学の教室という空間だと私は(質疑を押した学生をかばうように)展開した。そのとき「それはよくない」という学生たちの(他者の受け止め方に対する)頑なさにちょっと呆れた覚えがある。
上記の本でそれをKは「同調圧力が強い」と受けとっている。だが、Cの言い方からすると、「忖度配慮が強い」といった方が正確なのではないかと私は思った。
つまり、私に応対したディーラーやGSのスタッフは、廃油処理を頼みにきた顧客に対して「できないと断る」のは「異論を唱える」のに等しい、即ち顧客を傷つけてしまうと受けとっているんじゃないだろうか。これは、「同調圧力が強い」というより「忖度配慮が強い」。同調圧力というと、空気を読めないとか読まないという多数派側からの強要するトーンが滲んでいる。多数派が成立しているという前提がある。が、「忖度配慮」というと、むしろ主体側が用心して身を護ろうとするニュアンス。つまり相手が多数派かどうかに関わりなく、何を考えているか分からない。「断る」という行為が即ち顧客を否定するトーンを醸すことへの警戒感に変わる。むろん街場の遣り取りと大学の教室のそれを同列に論じるつもりはないが、街場の方がより過敏に顧客に対して忖度するとみた方が良いだろう。
そう考えると、安倍政権のときの財務省高級役人の「忖度」も、その役人の主体的な判断であり、そんなこと要請もしていないし期待してもないという安部宰相の受け止め方も、自然なことだとみることができる。これも、街場と議会とか行政府という公的な責任が問われる場とを一緒にするわけにはいかないが、関係的主体の時代的気分としては同じような社会的気風といえよう。つまり、今の日本社会そのものに今、大きくそういう対人関係をビクビクしながら受けとる気風が覆っていると言えるのかも知れない。
それは異質な他者に囲まれ、「忖度配慮」が行き渡る関係こそ、穏やかに(その場をやり)過ごすことのできる社会的環境をつくると身が反応していると言える。他人と感性や感覚、意見が違うってことは百も承知。まして他人のそれらを自分のそれらと噛み合わせて互いの考え方の変貌を図ろうとするなどは、烏滸の沙汰。よほど親しい人との間でなければそんなことはできないよというのが、今風の対人関係感覚。それの表出なのか。
同調圧力が強い(とイメージする原型の戦前的社会)というのは、人の集団がある種の共通感覚に満たされている(文化的主導権が確立している)ことを前提にしている。だが、今の気風はそうじゃない。人はみなバラバラ。異質な他者から自らを護るために忖度をする。社会そのものが、共通の気風に満たされているからではなく、みな異質だと受けとるから用心しなくてはならない。廃油処理を頼みに来た年寄りが「(処理を)やっていない」と断られたことに腹を立てて、どんな乱暴を働かないとも限らない。それにはまず、へりくだって、平身低頭「やっていなくて済みません」と謝るに若くはないってことか。なんだただの身過ぎ世過ぎの手管ではないか。感心する話しじゃなくて、嫌な時代になったと思うようなことだね。
上記本の対談者たち(たぶんアラフォーの)二人は、専門知を積んでいくと「キモくなる」と表現して、多数派から孤立することを厭わない心持ちが必要だと展開しているから、その論旨そのものは私の世代の心情と見合う。好感が持てるこの人たちのセンスは、どこで世俗の人々の「忖度配慮」と分かれてきちゃったんだろう。そこが、面白そうだ。
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