2020年5月6日水曜日
国防概念を変える必要がある
この間の新型コロナウィルス禍に対応する、政府と地方自治体とメディアの伝える情報とを耳にしながら、2月から準備を進めてきた「古稀の構造色――36会Seminar私記」の出版準備を進めていて、ひとつ気づいたことがある。このSeminarの満7年最終回は「日本の防衛という問題」であった。
講師の「防衛」に関する身裡の不安を探り、参加者の「核武装をした方が良い」という意見の深層意識に触れ、「平和的・文化的に防衛モンダイを考えよう」とコメントを加えてきた。それは多分に、「わたし」の身の裡に感じるへなちょこな、「平和ボケした非暴力主義」を肯定したいという動機にあるんじゃないかとも思ってきた。戦中生まれ戦後育ちの「わたし」は「新憲法世代」といってもいい「押しつけ憲法」下で小中高の教育を受けてきた。その上、冷戦下における問題処理の武力的部分はすっかり米国に預けて、経済に専心するだけの社会構築に、浸ってきた。それは「日本の国体はアメリカ」といわれ、軟弱・弱腰の「平和ボケ」と謗られ「エコノミックアニマル」と揶揄されながらも、「一億総中流」と呼ぶほどの大衆的な高度消費社会をかたちづくってきた。そしてそれはそれで、悪くないと感じていたことは間違いない。
そうした栄光の時代はとっくに去り、「失われた○十年」を経て、近隣国との相剋がだんだん厳しくなって、なおかつ、「国体」とまで目された米国から「自主独立防衛」を迫られているようにみえる。それに加えて姦しい中国文化との触れ合いに「脅威」を感じる。それらの「状況」に煽られて、「日本の防衛という問題」が新橋で店を構える後期高齢者の心裡に芽生え、苛立ちが引き出されている。
その情況下で、新型コロナウィルス禍の発生である。公衆衛生という場面は、文字通り人々の暮らしを守る「防衛」の最前線です。「敵」は目に見える隣国というよりも、大自然そのもの。しかも「防衛」とは「敵」を殲滅することではなく、何がしかの方法を通じて「共生」していく方途を探らねばならない。それをなしえたとき、「防衛」に成功したということができる。
それは、防疫に関する医療ばかりでなく、政治的・経済的・文化的な総力戦とも言えるほどの社会全体の蓄えをふくめた底力を必要とするものだと言えることが、政府や官庁、地方自治体の首長の取り組みやそれに応じる人々の振る舞いで、見えてきました。さらには、隣国の取り組みを敬意を払って援用させたもらうことも、時間的な落差を置かずにできる技術的な国際関係ができています。あとは、率直にそのような国際連携がとれる「かんけいの蓄えを日頃行ってきたかどうかによります。
今朝目にしたことだけでもみっつある。
(1)アフリカ諸国が中国の支援に対して疑義を呈し始めている。金融支援の支払い猶予を求めたのに対して、中国は「見返り」を要求し、事実上の経済的侵略をしているとの批判が噴出しているというニュース。
(2)米国ミシガン州の食料品店でマスク着用を求めた警備員を銃で殺害するという事件。
(3)米国の大統領がウィルス由来を中国武漢の研究所からの漏出と非難し、中国はそれをウソだとやり合っているというやりとり。
(1)は、国際協力が一国の戦略や利得ですすめられることの、長い目で見たときの善し悪し。
(2)は、国内的には、社会がもっている文化性が、人々の暮らしの「福祉」、つまり安定と安寧を支えているということ。
(3)は、国民国家の国際関係は、協同的・協力的に進められていかない限り、つまらない次元での蝸牛角上の争いにしかならないこと。
政府の対応は、どこか焦点がはずれている。でも地方自治体の首長たちが、北海道にせよ、東京都にせよ、大阪府にせよ、鳥取県にせよ、それぞれに思案して、対応措置を講じ、人びとへの働きかけをしている。それらは財政的な裏付けをもたないから、「要請」とか「説得」によるばかりなのだが、にもかかわらず、感染の広がりはある程度に抑えられているように見える。それは、人びとがおおむね穏やかに社会関係を結ぶ文化を育ててきているからだ。営業自粛をしないパチンコ店においても、利用者とやめさせようとする人とが激しく口論をしたと報道しているが、銃をもってずどんと結論を押し付けるようにはしていない。まったくもって文化的な蓄積がそれにふさわしいネイションシップ:へなちょこで、平和ボケした非暴力主義:そういう社会関係をつくって来たからだと、思う。
そして思うのだが、「防衛」というのを、資産や領海・や領空を守るというよりも、「人びとの福祉」を安寧に保つことと、考えるべきではないか。それには、武力による「脅威」への対抗というよりも、文化的な継承と蓄積をふくめて、国柄を、ネーションシップを、社会の醸し出す振る舞いのオーラをつくりあげ、それが世界に広まっていくことはないのか。そう、今回のコロナウィルス禍は教えているように思う。
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