国会でのやりとりは、ほぼ毎日、お昼のTV番組のネタ提供に終始している。五輪を主催する機関も、なにをどうやるか説明もしないから、実務的にきっちりやればいいんでしょと、いわばお役人的な抜け目なさばかりが目につく。日本の行政機関も、いつからこんなに、低劣になったのだろうと思ってしまう。
なかでも「有観客/無観客」の旗幟を鮮明にしないのは、方針が決まらないのか、ただただ先延ばしにしているのか、これもわからない。いまの首相は、切羽詰まってから「私が決めました」と発表するのが得意だから、実行部隊もそれを見習っているのかもしれない。
すると、TVの番組では、「ワクチン接種を2回済ませた高齢者だけを観客にしたらどうか」と(笑)の提案が飛び出している。それを耳にして、うちのカミサンは「枯れ木も山の賑わいっていうからね」と面白がっている。
続けて「懐豊かな高齢者から、入場料も取れるし・・・」というから、「ん?」と思った。一昨年販売した入場料チケット代金は、払い戻ししなかったんじゃないか。ここへきて入場料をとったら、二重取りになるじゃないか。そりゃあ受益者が違うって言えば、そうだが、最終的な受益者が五輪機関だとすれば、受益者丸儲けってことになるのは、どうなのよと、思わぬ場外乱闘へ話は転がっていく。もしこれで入場料などをとることになれば、「枯れ木に花が咲く」と主催機関は大喜びするに違いない。花咲か爺いだね。
状況論的な「世論操作」の効果が出て来ているようだね。TVのネタ・テーマが、ゆっくりと旋回し始めた。「お上がやるとなったら、やるんだ」という日本的な行政体質は、変えられないってことか。それを「説明するかどうか」は、「お上」の沽券にかかわるモンダイ。民主主義とか、情報化社会とかいう状況的次元とは違うんだよと、木で鼻をくくったような答弁をしている宰相は、思っているのかもしれない。
さて、ワクチン接種が順調に進んでいる花咲じじいは、どう考えているか。
私の周りの知り合いも、概ね第一回接種は終わったと報告があり、第二回目も終わったと話す人もいる。では、7月下旬になれば、Seminarもできるんじゃないかと「問い合わせ」があり、そうか「できるかもね」と、新橋に仕事を持つ発起人のひとりに連絡をとったら、ちょうど二回目接種が終わったというので、さっそく会場を確保してくれた。
五輪のことは、「状況」のひとつ。もうとっくに「観に行こう」という気は失せている。そちらは「バブル方式」とやらを採用しているから、枯木に危害を加えることにはなるまいと判断して、賑わう新橋界隈へ出向いて、1年半ぶりのSeminarを開催しようという運びになった。
ただひとつ、やはり「状況をみる」条件が付いている。あの、専門家分科会の尾身会長がくり返す「感染拡大」が抑えられない場合のことだ。もし今と同じ状況が続いて「自粛」が続いていたら、Seminar開催も見合わせると。こちらは国際機関がかかわっていないから気楽に「状況論的に」対応しようとしている。
さてこちらにも、花が咲くかどうか。
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