知り合いから妙な文書が送られてきた。pdf形式で添付してある。『intelligense.text・・・』とファイル名がついている。ずいぶんの分量がある。今月のテーマ、「2021 年の世界情勢、バイデン新政権誕生とコロナワクチンの裏側」とお題目を掲げて60ページを超える。だがこれが、ざっと目を通すと、なんとも眉唾物なのだ。
冒頭、1月のトランプ支持者の議会乱入の裏側を取り上げている。トランプ支持者は静かに議会に入ったのだが、それを暴動へと煽りけしかけた極左の連中がいたという噂話。暴動を放置して取り締まろうとしなかった議会の警備警官たちもグルになっていたような書き方。ペロシ下院議長の盗まれたパソコンには中国などと陰謀を企んでいた形跡があった。選挙の不法なやり口を告発したけど、取り合わなかった州当局の不公正。それらを事例をあげながら取り出している。
妙というのは、その記事のどこにも、トランプが「議会に行こう」と繰り返し呼びかけたことには触れていない。つまり、トランプ支持者は静穏に議会に注目していただけなのに、それを利用して暴動に走らせた左翼がいたという図式だ。
眉唾というのは、スターリンやトロツキーのやり口が事例に引き出され、それが民主党の左派に受け継がれていると思わせようとする文脈。いまはバイデン大統領だが、そのうち彼の退陣を引き金にして副大統領のカマラ・ハリスが主導権をとるだろうとか。あるいは、ネオコンにはかつてのトロツキストが身を変えて所属しているという周知のデータを力説。でもそれって、共和党のブッシュ政権への批判ではないのか。つまり、共和党も民主党もなく、トランプ支持者がいろいろな伝聞を都合よく集約して、検証なしに伝えようとしている気配に満ちた流言飛語だ。
ふ~んと読みながら、でも私は、流言飛語だから嫌いというわけじゃない。そもそも私たち庶民は、耳にし目にする「情報」を検証しようもない。つまるところ、自分の好みに合った「情報」を真実と受け取って「せかい」を理解するしかない。つまり流言飛語的に、情報処理をしているのだ。
そのときひとつ確かなコトと考えているのは、私は私の好みを鵜のみにしない。それを受け容れたがっている自分を対象化して、自分の感性の根拠を確かめてみる。つまり、自省し内省する心構えこそが、唯一の「情報」チェック装置という訳だ。
じつはこの、私の知り合いという人が、それなりに製造産業の社会の尖端を担ってきた方。たぶん仕事を引退して後は、「○○社長会」のような名士の会にも属して、「勉強会」を続けておられると聞いている。宇宙論や素粒子論にも造詣が深い、理化学系のインテリとして、私もお付き合いしてきている。その彼が、こんな眉唾物の「情報」を添付してきたというのは、たぶん、彼の所属する「勉強会」の名士たちのあいだに、このような「情報」が出回っているのであろう。
こうもいえようか。日本社会の製造業関係を担ってきた(いわば功成り名遂げた)名士と言われる方々が、こういう眉唾物を読んで、世界をとらえているということだ。邪悪なたくらみを持つ者がいて、それによって世界が振り回されているという陰謀論を素直に信じているナイーブさを感じる。これは、単発的な「情報の欠片」に振り回されて、世界全体の構造やその場における人の振る舞いを、わが世界のこととして受けとめる姿勢を持っていない。敵はつねに外からやってくる。そして私を苦しめるという図柄とでもいおうか。ひょっとすると実業世界の方々は、そういう陰謀論世界を生き抜いてきたのかもしれない。かつて松下幸之助に象徴される経営者の視線とは、まったく違う領域になってしまったのかもしれない。
それが、今風な風潮なのか、情報化時代の、溢れかえる事象を構造的にとらえる哲学を持たないゆえの結果なのかわからない。だが民主主義政体を、まだマシと思っている私などにとっては、トランプが引っぺがした擬制の傷跡が、いまだ血を垂れ流してかさぶたすらできていない証のように見える。
トランプ以前に日本もすでに「分断的であった」と、安倍政権に触れて以前にも書いてきた。その根底に、世界の認識に関する大きな「頽落」がある。断片化していて、それに一向に頓着しない横紙破りの主張が横行している。歴史的文脈も、社会的構造も、そっちのけにして、情報の断片だけを選り好みして受け取り、自分好みの「せかい」を構築する、そういう認識作法が広く行きわたっているようにみえることが、一番のモンダイだと思えるのである。
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