荒木優太の『在野研究ビギナーズ』に書かれてあったことで、印象的だったことがある。書いた人やタイトルなどはすっかり忘れてしまっている。大学で生物学を勉強しているときに目にしたハエがエメラルド色できれいだったことを覚えていて、どこかでそのハエの種名を耳にし、世界に何千種(何万種?)とあり今でも新種の発見が続いていると知って、仕事の合間にそのハエの研究を始めたという方の「在野研究」の話し。
ネットを通じて見つけたハエの同定をする。その過程で、同行者のネットサークルが形づくられ、遣り取りをし、関係論文の要約を(英文にして)紹介したり、自ら論文を書いたりしているうちに、それがロシアの(大学の)研究者の目にとまり、誘いを受け共同研究となっていく。研究者の発表の場として「WEB雑誌」を発行し、それが軸になって「研究活動」の場が出来上がっていくという話しであった。ああ、ここに在野研究者の真骨頂があると思わせるほど。サーフィンに乗っているように、面白い。
自分の眼前の波に乗るしかないのだが、見よう見まねで乗っているうちに波の起源や構造、海の全体とそこに遊ぶ人たちとの関係が見えてくる。成り行きなのだが、そこに遊ぶことができるように道を探る。講じた手立てが功をなすと、そこへ身を任せ、次のステップが見えてくるという流れは、自分の立てた軸が見えてくるとともに世界の広さがうかがえ、その向こうに広がる果てしなさが、また意欲をかき立てる。そんな感触が、「研究」の楽しさを表していると感じた。
こうなると、「研究」というのは、それが「名を遺す」とか「テクストがそれとして評価される」とかいうのとは関係なく、その世界の広がりと自分の関心との強い関わりが感じられて、わが実存の実感をしっかりと身にもたらす。まさしく生きているのは、このためだと思えるほどの力強さを感じる。「研究」が在野であろうとなかろうと面白いのは、根柢的には、この一点にある。
となると、じつは「研究」と呼べるかどうかはわからないにしても、人の「活動」それ自体が「在野研究」と同じように、私には感じられる。ただ異なるのは、ヒトの暮らしという営みも活動ではあるが、それ自体は意識的な「活動」ではない。つまり暮らしの営みが、どう行われているか、何故、いつからそう行われているのか、そういう考察対象として意識的に行われるとき、それを「活動」と呼んでいる。それは「研究」と等価である。
等価といっても、価値的に高いかどうかを指しているのではない。人の文化的な営みとして対象化しているという意味で、その「活動」は実存を証すものとしての人類史的資料となる。
では、ヒトの暮らしそのものは「実存の証」とならないのか。残念ながら、ならない。対象化するというのは、意識的な振る舞いである。それが記録にとどめられるかどうかは、また別次元の問題だ。たとえ記録にとどめられなくても、意識的な「活動」が湛えていた「波」は(価値的な善し悪しは別として)、世界に波紋を及ぼしていく。ヒトの暮らしそのものは、まるで「物自体」のように「コト自体」として、投げ出されているだけで、目にとまらない。だが、それが人の目にとまるとき、出来事として記憶にとどめられ、あるいは画像として、文章による記録として残す・残ることによって、対象化される。記憶者や記録者の意識的な「活動」を介して、「コト自体」が「実存の証」となるのである。
その「研究」「活動」の記憶や記録がどれほどの広がりを持つかは、これまた、別の問題。人類史的には、たとえそれが身内の僅かの人たちに受け継がれていたとしても、人類史の文化の片鱗として、germ(黴菌かつ萌芽)として、一匹の蝶の羽ばたきがカオスをもたらすコトにつながっているかも知れない。そう思うからこそ、「クソみたいな人生」も生きていけるのだと数え傘寿の歳になって、改めて思うのである。
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