量子論的宇宙観から見た世界は、2点に要約できる。
(1)世界は主体がみることによってみえる。主体の数だけ世界が多種多様、種々雑多にある。「わたし」がみる「せかい」は、世界の断片である。
(2)「わたし」にとって世界は、したがって広大無辺、混沌、とらえどころがなく、わからない。
じゃあ、人の数だけ世界があるかというと、そうでもない。ヒトが群れて暮らす動物であるように、「せかい」は重なり合い、あるいは別様となり、他者を鏡として己を写しみるように、相関的に形を成し、また形を変える。それが関係的な様相を呈して、それぞれの主体の裡側に「せかい」を形づくる。蟹は己の甲羅に似せて穴を掘るように、ヒトも関係的にかたちづくられた「己の甲羅」に似せた「せかい」しかみていないともいえる。
要は「わたし」は断片を生きている。でも、他のヒトが生きている「せかい」は、また別様であろうから、そこから受けとる差異が刺激となって、面白いと感じ取れる。おしゃべりもそう、本を読むのもそう、そう思うことが世界に接する作法かも知れない。
コロナウィルス禍の到来に際して、三者三様に語り合った『ひび割れた日常』(亜紀書房、2020年)については、一度触れた。その末尾に文化人類学者・奥野克己が書いていることが気にとまった。
《「お前たちの人生は断片化しているのではないか。もう一度、俺たちとの関係を見つめ直してみよ」という、自然から人間への垂訓なのかもしれない》
と記す。前段で彼がかつて現地で目にした話をする。
身の回りで相次いで起こる死に少年の気がふれて熱を出して寝込んでしまう。うなされて大声を上げたり、喚き散らし暴れ回って手が付けられなくなる。何かがとりついているとは書いていない。とりついていなかったとも書いていない。シャーマンがやってきて、いろんな160人もの(シャーマンの恋人という)霊を呼び出して言葉を交わし、その世界を褒め称え、感謝を献げ、送り返し、翌日、少年は何事もなかったかのように平生に戻ったという事例を挙げる。そして、シャーマンが憑依することよりも、少年がとりつかれて文字通り「気が狂う」ことが、霊の世界を感知して感応していることとみて、いたく衝撃を受けたように記している。そして、シャーマンの向き合い方にこそ、世界の全体性にまるのまま向き合って、諸々の精霊の力を借りて少年の正気を取り戻す祈りを捧げるものであったとみなしている。
私は、いくぶんアニミズムに感化されやすい傾きを持ってはいるが、じつはあまり信心深い方ではないし、宗教への傾倒というか、神々への信仰心は持っていないと思っている。たぶんこれは、量子論的宇宙観からいうと、世界は混沌、「わからない」ということを感じていることじゃないかと考えている。つまり、この文化人類学者のとらえ方は、私たちの世界が「わからない」ことに取り囲まれて成り立っていて、たまたま私たちは、目に見える、理知的に知解できる断片を世界として遇しているのではないかと考えさせる。
これは、歳をとってますます「わからない」ことが多くなったという自覚と共に「わたし」をとりまく「せかい」の茫洋として混沌の感触と、うまく見合う。オカルト的にそれを「理解」するのは、たぶん「わかってしまう」短慮かもしれない。むしろ、「わからない」ままに、「わたし」の知見の地平線の向こうに広がっている闇の「せかい」を感知していると受け止めた方がいいのではないか。そんな気がしている。
じつは昨日、従兄弟の訃報のことを記した。そのことを考えている間に、私の住まう団地の上階の住人が、先月半ばになくなり、今月上旬に葬儀を済ませていたそうだと、さらに上階の現在団地の理事をしている方から知らせがあった。上階の住人が身体が弱って歩くのが難しくなっているということは、昨年、外で出会って立ち話をして知ってはいた。身体は弱ってきたが、「この歳になって、親は大変だったろうなと遅まきながら思ったりしてね」と笑いながら、話すことはなかなかしっかりとしたものであった。そういう世間話をする間柄ではあった。奥方や娘さんとは、もう十年以上も前のことだが、挨拶をする程度であった。
その彼が、ここしばらく前に入院しているということは聞いていたが、なくなっていたとはついぞ気づかなかった。文化人類学者の例示した少年は、敏感に「せかい」の精霊たちのざわめきを感知し、どう対応していいか分からないままに熱を出し、うなされ、叫び、暴力を振るうという所業に及んだのであろう。つまりまだ、「せかい」の断片化にならされていなかったに違いない。ところが私ときたら、断片化も極まっているから、「せかい」の目に見えないものは存在しないとしか感知できない。「気が狂う」こともできない。
もしコロナが何かを問いかけているとしたら、まずその問いが何かを感じ取らなければならない。その上で、「わたし」はどう応答するか。
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