NHKの番組に「ドキュランドへようこそ」というのがある。その「沈黙の意味を模索して修道院の十日間」(12/16放送)というのをみていて、あることを長い間、私が勘違いしていたかもしれないと思った。
番組は、「体験型ジャーナリスト」がイギリス国教会の修道院を訪ねる。十日間一緒に生活し、修道女たちの来歴や今の思いなどを紹介する。その中でジャーナリストが
「食事のときに沈黙するのは、なぜ」
と問うのに対して修道女が答える。
「沈黙していると自問自答がはじまる。」
その自問自答の中に、神と言葉を交わす瞬間があると、修道女はつづける。そのときに、あっ、とわが胸の片隅に閃いたことがあった。
まだ30代の頃、栂池から白馬乗鞍を経て白馬岳に上り、唐松岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳を経て針ノ木岳まで縦走し、針ノ木の雪渓を下る単独行をしたことがある。夜行列車で行ったろうか。3泊だったか4泊だったか。山小屋の食事の世話にならず、自炊だったから、食事付きの方々とは部屋は別だったから、シーズンなのに空いていた。だが初めのうちは歩いている間中、仕事のことや家庭のこと、何かわからないが胸のうちが収まらないあれやこれやが胸中を去来し、何とも煩わしいというか、五月蠅い山行になった。
沈黙と自問自答とは思わなかった。ただひとつ、帰らずのキレットを通過するときには(懊悩は)空無であったなあと後で思うことがあり、後半になる頃には身体が疲れ切っていたのであろう、一向に爺ヶ岳のピークにさしかからず、これかと思うとまた先にピークが見えるというのにじらされて「クソジジイ」と悪態をついていたことが鮮明に浮かび上がる。それも自問自答だといえばその通りであり、悪態はまさしく神に向かって付いたものであり、神からの応答があったとは思わなかったが、今思うと、バカだなあ、そんなこと自分で始末しろよと嗤っていたに違いない。
いや、おおよそ、その山歩きを「沈黙」とは思っていなかった。むしろ後になって、帰らずのキレットを通過するときの澄明な意識こそが「瞑想」であり、「沈黙」とはこういうものだと思ったのであった。
だが、修道女の言葉を聞いて思い当たった。その縦走中の胸中に繰り返し木霊した煩わしいほどの自問自答こそが「沈黙」であり、神と言葉を交わしていたことだと感じたのだ。あれは「考える」などということではなかった。次から次へと湧き起こっていたのは内奥の断片であった。歩一歩に付いてくるように湧いてくる憤懣の欠片が、ちょうど泥水を浴びて浴びてすっかり心が草臥れて憤懣自体も洗い流されてしまったかのように、疲れに変わり、「クソジジイ」と大自然に悪態をつくように清められたと言おうか。
私にとっては、まさしく大自然こそが神であり、それに悪態をつくことでわが身の懊悩は奥底から浄化され、爽やかな心持ちで針ノ木雪渓を降った。神がわが懊悩を引き受けて下さったと信心深い人なら言うのだろうか。
縦走を果たした達成感も、振り返って思えば、これで帰途につくんだという日常に還ることへの安堵感が身を軽くしていたことと同義ではなかったか。達成感というのは、わが意思が設定したささやかな「目標」の到達点。だがその行為は、わが身の日常に鬱積する(何がどうしてそうなったかわからない)憤懣が山行という非日常に身を置いて自問自答を繰り返すことによって浄化されてゆく。
山へ入れば、そのあと1週間は体調が良いという経験的体感も、その頃に気づいたのではなかったかと、あとづけて思う。あの「体調が良い」というのは山行のもたらす(心底の)浄化作用をさしていたのではないかと、神の業を感じることさえするようになった。病みつきになったのである。
今私は、何も考えていないこと、アタマが空っぽであることを「沈黙」と思っている。だが自問自答が「沈黙」だとすると、「沈黙」はずいぶんと煩わしい。その煩わしさは、じつはわが身の内奥、つまり無意識が未だ騒がしいからであって、歳をとるとわが無意識もいろいろと心得てか穏やかに鎮まってくる。
何を心得るのかって?
世の中って、こういうものよ。ワタシのできるコトって、こんなもんだね。ほらっみてごらん、世界ってわからないことに満ちあふれている。ワタシが如何に取るに足らないゴミみたいなものか。心煩うコトゴトのたいていのことに、心裡の始末が付いてきている。
せいぜい自問自答がクセになって、日々あれやこれや気になることを引きずり出しては言葉にしている。それがまた、心裡にわだかまることを綺麗さっぱりと洗い流してしまう。空っぽ。空無の世界に馴染みつつある。
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