2019年12月31日火曜日
慥かに生きる感触
寺地はるな『わたしの良い子』(中央公論新社、2019年)は、面白かった。
事件が起こるわけではない。異様な人たちが登場するわけでもない。ごく普通の人たちの身につけている何気ない言葉が、一つひとつ突き刺さる。突き刺さったのを跳ね返すわけでもない。ただ受け流すのでもない。一つひとつの言葉をわが身の裡において吟味しながら、わが心もちの落ち着くように腑に落としていくと、いつしか自律した身の置き場を得ている。その姿は、ごく普通の人から見ると、ヘンなヒトにみえる。
「学校の変容」はどうモンダイになるのか(7)現場教師の頽落は臨界点を過ぎたか
さて、いよいよ年の暮れになりました。この連載にも始末をつけて、新しい年明けを迎えましょう。
kさんの挙げた7年間のあいだの「学校の変容」は、以下の5点。今回のテーマは⑤です。
① 専門家の専門性や権威が疑われる
② 当事者主権の考え方が、ますます強まる
③ ベテランが否定され、ベテランは若手に学べと指導される
④ 生徒は教師をコントロールしようとし、教師は生徒に合わせざるを得ない
⑤ 管理職の力や教育行政の力が強まっている時代
kさんは上記⑤の事例として、3点「状況」を記しています。長いのですが、状況をよく示していますので、そのまま紹介します(下記の(a)~(c)の記号は引用者)。
2019年12月30日月曜日
「学校の変容」はどうモンダイになるのか(6)ヒトの実存における棒のようなもの
昨日の(5)の話に関係する書き込みがありましたので、少しつづけます。朝日新聞(12/28)の「異論のススメ」で佐伯啓思がkさんのぶつかった事態と似たような事例をあげています。
《先日あるレストラン経営者と話をしていたら、次のようなことを言っていた。若いものが修業に来ても、簡単に叱れない。また、「君はどうしてそれをやりたいのか、ちゃんと説明してくれ」ともなかなか言えない。少し強く言うと、パワハラだといわれかねないからである。その種のことがネットで拡散すると、仕事に差し支えるからだ、と》
2019年12月29日日曜日
「学校の変容」はどうモンダイになるのか(5)学校をしっかりつかむ
kさんの挙げた7年間のあいだの「学校の変容」は、以下の5点。④が今回のテーマです。
① 専門家の専門性や権威が疑われる
② 当事者主権の考え方が、ますます強まる
③ ベテランが否定され、ベテランは若手に学べと指導される
④ 生徒は教師をコントロールしようとし、教師は生徒に合わせざるを得ない
⑤ 管理職の力や教育行政の力が強まっている時代
④に関してkさんは《今日の生徒は、かつての「荒れた生徒」たちのように、あからさまな反抗はしません》と記しています。反抗しない生徒がなぜモンダイなのか。kさんはこう続けます。
《生徒は教師からの教育的働きかけを「十分に受け取らない」。……(その)ことによって教師をコントロールしようとするのです。具体的には、お喋りをやめない、後や横を向いている、ピアスをつけ続ける、携帯を手放さない、教科書を出さない、鉛筆を手に持たない、課題をやらない、小さな「暴言」を吐く、心を閉ざす、「嫌い」オーラを出す、指示を受け流す、等々です。》
2019年12月28日土曜日
「学校の変容」はどうモンダイになるのか(4)経験則の頽落
kさんの挙げた7年間のあいだの「学校の変容」とは、以下の5点。今回は③を考えてみましょう。
① 専門家の専門性や権威が疑われる
② 当事者主権の考え方が、ますます強まる
③ ベテランが否定され、ベテランは若手に学べと指導される
④ 生徒は、教師をコントロールしようとし、教師は生徒に合わせざるを得ない
⑤ 管理職の力や教育行政の力が強まっている時代
《ベテラン教師のやり方は「時代に合わず古い」と批判の対象になり、「若手の新しいやり方を学べ」と、管理職や教育行政から強いられます》とkさん。その事例として英語科教師に対する「最新の英語の教え方」を事例として挙げています。年配の教師が、研修を受けた若手や中堅教師の教えを受けている。それをkさんは「若手や中堅の教師がベテラン教師に教えるという悲喜劇」と記しています。
2019年12月27日金曜日
「学校の変容」は、どうモンダイになるのか(3)「場」を視界に入れる
前回の「(2)当事者主権と自己責任」に関して、もう一つ付け加えておきたいことがあります。生徒の訴えるいろいろなモンダイを解きほぐして行こうとするとき、学校とかクラスという、ほかの生徒たちと当該生徒や教師との関係がどう動いているかは、欠くことのできない要素です。私はそれを「場」と呼んでいますが、「場の力」が当該の生徒に働きかけるモメントは(教師の視野に入らないことが多いだけに)、絶大なものがあります。
2019年12月26日木曜日
「学校の変容」は、どうモンダイになるのか(2)当事者主権と自己責任
kさんの挙げた7年間のあいだの「学校の変容」とは、以下の5点でした。
① 専門家の専門性や権威が疑われる
② 当事者主権の考え方が、ますます強まる
③ ベテランが否定され、ベテランは若手に学べと指導される
④ 生徒は、教師をコントロールしようとし、教師は生徒に合わせざるを得ない
⑤ 管理職の力や教育行政の力が強まっている時代
①で「当事者主権」が強まったと言っています。「当事者主権」の事例としてとり上げているのは「ハラスメントの論理」。《「そう感じた私自身」「そのように傷ついた私自身」が、全てにおいて優先してしまいます》というのを「当事者主権」と呼んでいるのですが、これは一般的な用法なのでしょうか。心理学者が遣っているのですか? 訴訟・法律用語なのですか。私には、どうにも腑に落ちません。なぜならハラスメントにしてもいじめにしても、そのモンダイに関しては、いじめられたものだけが当事者ではなく、いじめたものも当事者です。ですから「被害者主権」とでもいうのなら、それなりに説明はできますが、「当事者主権」と呼ぶのは、「かんけい」のモンダイとしてとらえていないのではないかと、思ったりします。
2019年12月25日水曜日
今冬初の雪山――蕨山
昨日(12/24)は晴れ。下山口でkwrさんと落ち合い、私の車で登山口に向かう。飯能市の名郷。奥武蔵の蕨山に登る。じつは台風19号の襲来した2日後に様子を見に行ったが、徒渉する沢の水が多く、流木などで登り口がふさがれていて、その日登山を断念したことがあった。その私のリベンジに、体調の回復したkwrさんとkwmさんがつきあってくれた。
2019年12月23日月曜日
「学校の変容」は、どうモンダイになるのか(1)教師の専門性
さて前回までにとりあげたkさんの背景説明につづいて「学校の変容を巡って」と見出しを付け、《私(kさん)が一教師であった七年前と比べてみても……以下のような変化がある》と5項目を挙げています。
① 専門家の専門性や権威が疑われる
② 当事者主権の考え方が、ますます強まる
③ ベテランが否定され、ベテランは若手に学べと指導される
④ 生徒は、教師をコントロールしようとし、教師は生徒に合わせざるを得ない
⑤ 管理職の力や教育行政の力が強まっている時代
一つひとつの項目について、私の感想を述べていきますが、①~⑤は、どれも、いつの時代にもモンダイになったことだと思います。ただ、それがどうモンダイなのかが、kさんの記述ではあまりはっきりしません。
2019年12月22日日曜日
地軸の傾きが「今日」という日を生んだ
今日(12/22)は冬至。外はすでに真っ暗。明日からは夕方が少しずつ遅くなる。夜明けはまだしばらくは、暗い日が続く。そうなることを先月末の36会Seminarでmykさんから思い出した。自転軸が公転面に対して傾いている。そのため、太陽光の当たる地球表面に対する角度が(赤道を中心とすると)北と南とに半年ごとに入れ替わる。それが北回帰線の北に位置する日本などには四季を生む。ありがたい話だ。四季を身体に感じて育った私のアイデンティティの一角を占めている。
2019年12月21日土曜日
問題浮上のいきさつ(5)転向?
kさんはなぜ「合意形成」と「信頼の構築」にこだわったのか。そのワケを《②副校長としての「着地点」や「妥協点」探し》にあったと言います。kさんは副校長になって「価値の争奪戦」をしていると思っていたようでした。何と争奪戦をしていたのか? 《彼らは常に「問題を起こすな」ということを大切にし…「丸く収める」ことや、そのための「着地点」を探すことに、力を注ぐ…》、そういう校長や副校長の姿勢と争おうとしていたようです。kさんが提示した価値とは、《問題と正対して、衝突を恐れずに価値を語り、対決する》ことでした。所謂管理職の「保身」と対決するという趣旨でしょうか。だったら自分から辞めるのではなく、解職されるようにすればいいのにと、外野の私は無責任に思います。「現場のモンダイを巡って、k副校長解職される!」というのは、メディアにも格好のネタになります。舞台を代えての「価値争奪戦」となると、一般論が幅を利かせるでしょう。
2019年12月20日金曜日
問題浮上のいきさつ(4)現場のモンダイが普遍に通じる?
話をさらに続けます。
kさんは《③「無限定な」「正しい教育」ワールドで、「無限定」は解決策を提示した》と題して、私の指摘に対する自省を綴っています。続けて、
《私は、「学校教育について語るなら、積極的な解決策が必要だ」と発想しました。そのため余計に、「演繹的」で「オールマイティ」な「教育評論家」による「正しい教育」について、「原因はこうであり」「こうすればうまくいく」語り方をしてしまいました》
と記しています。「 」の中の言葉は、私の用いた言葉であるようです。ようですと半ば不信を抱いているようにいうのは、kさんの都合でぶつ切りで引用しているからです。たとえば、「学校教育について語るなら、積極的な解決策が必要だ」という発想を私は批判しますが、「現場について語るなら……」ですね。一般論で学校のことを語る分には、解決策など提示しようがないことは、たくさんあります。
2019年12月19日木曜日
春のような御前山散歩
昨日(12/18)、晴れの予報に山へ向かった。じつは、先月末に予定していた「熊倉山」の下見を10月に行った。kwrさんとkwmさんがつきあってくれたのだが、秩父線の駅への下山時刻が4時を過ぎてしまった。これでは冬至近くの山としてはむつかしいと判断、急遽、12月半ばに予定していた御前山(の下見)へ行こうとしたのだが、kwrさんが体調を崩し、延期していた。
この体不調が、じつは、8月の表銀座縦走・槍ヶ岳に登る山行のもたらした余波。律儀なkwrさんもkwmさんも、「トレーニング山行」にしっかりとつきあい、加えて、合間の週にも山へ向かうという鍛錬をした。そのため(と私は思うが)、9月に入って体調が揺れ動き、予定していた山行を行ったり行かなかったりと、その都度の様子を見ながらに変更するようであった。
2019年12月18日水曜日
人倫の最高価値は雲散霧消してしまったのか
現役教師であるkさんの話を続けます。
「問題浮上のいきさつ(1)」で記しましたように、彼は「教育の謎」を問おうとして、抽象論の世界に踏み込み、「問題浮上のいきさつ(2)」の記述のように、「そもそも正しい教育とは何か?」を問うてしまったと、展開しています。そして、《現場の教師としての「学校の共同性」に解消され》るかもしれない、具体的なアクションの段階にとどめておけばよかったかと、反省しているように思いました。あるいは私のメモによる指摘を、そのように受け取ったのかもしれません。
2019年12月17日火曜日
問題浮上のいきさつ(2)二元論克服の道筋
現役教師のkさんの反省の第二点は《「正義は我にあり」「悪は相手にあり」だから「そもそも正しい教育とはなにか?」と問う》と表題されています。kさんは、「そもそも正しい教育とはなにか?」と問うたことが、誤っていたと反省しています。そしてこう続けます。《それはまた、現場の教師としての「学校の共同体性」に解消されない、そこを超え出ていくような普遍性の追求、「学校教育の公共性」の追求でも、あったわけです》と綴っています。
2019年12月16日月曜日
問題浮上のいきさつ(1)「教育の謎」
現役の教師をしている50代半ばのkさんと、教師という仕事について、少しばかりやりとりをしています。この方は副校長をしていたのですが、現場での身の処し方に行き詰まりを感じて、平教員に戻りました。あっ、いまは平教員も階層があって平教諭と主幹教諭とあるそうですから、主幹教諭に降りたわけですね。
夏の終わりごろに、このkさんから長文の「2019の構想」と題されたレポートが送られてきました。ここ7年間に考えてきたことをまとめたもの。「中身としてはまだ人にお見せできる段階ではない」「ご意見をいただいて、仕切り直しをするべきは仕切り直して、前にすすみたい」と記していますから、いずれ手を入れて発表するつもりの「草稿」だと思います。ま、いわば「査読」を頼まれたのだと受け止めました。
2019年12月15日日曜日
「規定」の齟齬を埋めるのは労をいとわぬこと
今日(12/15)は団地の修繕専門委員会。昨年の役割の関係で、一年間はこのお役目を引き継がなければならない。今年は、給水管給湯管更新工事の具体化に向けて、設計監理を引き受けてもらうコンサルタント業者を決める。その業者選定の作業が先月でひと段落し、今月初めの管理組合理事会で承認された。それに従って、今月上旬に候補業者と最終的な文面や金額の調整を済ませ、契約にこぎつけた。そういうこともあって、今日の修繕専門委員会はルーティン事項を片付けて、軽く終わると私はみていた。ところが、午前中の協議時間を超えて長引いてしまった。
2019年12月14日土曜日
自己矛盾が破綻しない「かんけい」
前田英樹の『倫理という力』(講談社現代新書、2001年)を読んでいたら、次のような記述にぶつかった。
《たとえば、返す当てもないのに、必ず返すと言って、金を借りる。借りて行方をくらませば、自分は得をする。それは得をして、「幸福」になる一つのやり方だと言ってもよい。けれども、これを道徳に適った行為ということはできない。なぜなら、道徳行為の信条は、定言命法にしたがい、それが普遍的法則たることを意欲しつつ実行されるからだ。借金の踏み倒しが、普遍的法則になったのでは、約束をする意味もなくなるだろう。法則は自己矛盾を起して、破綻するだろう》p50
2019年12月13日金曜日
沈黙という祈り
奥野克巳の長い表題の本で指摘されていたもう一つの事実に触れておきたい。
プナンは獲物をとってきて食するわけだが、イボイノシシをとってきた場合、解体から食べ終わるまで、全員が沈黙を貫く所作があったそうだ。声を発することが獲物を貶める振る舞いとみられているようだと奥野は言う。獲物にありつけるということは喜びであるはずだ。にもかかわらず沈黙を貫くというのは、獲物への敬意であり、命あるものを奪って食するということへの畏れであり、私たちの文化に引き寄せて謂えば、森やイボイノシシという自然への感謝の儀礼化したものということができる。沈黙という祈りであろう。
2019年12月11日水曜日
子どもを学校に行かせないプナン
文化人類学者の奥野克己は、15年ほど前から精力的にフィールドワークの報告を発表したり、翻訳書を刊行して、「森の民」が何を教えているかを伝えている。その奥野克己の著書のひとつ『ありがとうもごめんさないもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房、2018年)が、面白い。文化人類学というのは、こういう学問だったのかと思わせると同時に、私たちの今の暮らしや私たちの社会が保持している規範や考え方を、もう一度根底から見つめ直してみようとする視線が提示されていて、刺激的である。
2019年12月10日火曜日
「忘れる―忘れない」を共に生きる
昨日の(4)《鏡に映る姿を認知することについて、それは「じぶん」であるが、「じぶん」ではないと相反するコトを同時に受け容れること……絶対矛盾の自己同一》は、私たちの日常に満ち溢れている。「ことば」は、自分が発するものであっても、自分のものではない。社会のもの、他人との共有物である。自分が発した言葉も、一度発せられてしまえば自分のものではない。受取り手のものになり、であってみればとどのつまり、自分が発した言葉は自分のものでしかないという達観にも通じる。
2019年12月9日月曜日
2019年12月8日日曜日
ヒトの起点に起こっていたこと
久々に刺激的な小説を読んだ。佐藤究『ANK:a mirroring ape』(講談社文庫、2019年)。ジャンルでいえば、SF小説。見据えている地平は、今の私たち人類の来し方を振り返ったときの、遠近法的消失点と言えるような800万年ほど前。猿と類人猿がとっくに枝分かれし、類人猿が類猿人と枝分かれしたあたりの光景。その地平への関心を底流においた、近未来の出来事をミステリ風に仕上げている。
2019年12月7日土曜日
暗い未来? いえいえ、暗い現在
ちょっと目に止まった、昨日(12/6)の「文春オンライン」のひとつの記事に考えさせられている。
ライターは安田峰俊。《J-POPの表現も中国基準へ? 酸欠少女さユり「MV削除事件」が示す暗い未来》と見出しを付けて、一人の歌手のミュージックヴィデオが、動画サイトから削除されているという報告記事。一人の歌手「酸欠少女さユり」について安田はこう紹介する。
2019年12月6日金曜日
AIとの共生はできるのか
12/5の新聞各紙が、今年行われたOECDの「学習到達度調査(PISA)」の結果を報じた。《15歳対象国際調査 「読解力」続落 日本15位》と、2003年に読解力の順位が急落したことを機に文科省が全国学力調査を実施するなどの対策をとったが、効果が疑われるという内容。大雑把に、数学的リテラシー、科学的リテラシー、読解力の三指標をみたとき、前二者の順位は、2003年の1、2位から5,6位への変容だが、読解力は、8位から15位へ順位が落ちたというのである。
2019年12月5日木曜日
地元の尽力、実るはまだ先か――都留アルプス
やっと二日ばかり関東の乾季を思わせる気象がつづいている。昨日(12/4)、今月の(山の会)「日和見山歩・都留アルプス」を歩いた。チーフリーダーはOさん。古稀を超えた女性だが、なかなかの身体能力を持つ方。またここにも「アルプス」があったのかと思いながら、私も参加した。
2019年12月3日火曜日
なんとなく一仕事終えたような気分
今日は年一回の健康診断の日。昨日の夜9時から飲み食いはせず、朝から採尿と検便、検査が終了して1時間経過するまで食事は一切禁止。でもそれだけで体重が2キロ減るのだから、年寄りのからだって、ヤワにできている。
2019年12月2日月曜日
人知れず消え去る、か
先日、団地の私の階段の上の階の奥様が、ご亭主が亡くなった、とご挨拶に見えた。一週間前、救急車で運ばれ手当てを受けて家へ返され、その後容体が悪化して再び救急車で搬送された先で、身まかられたという。知らなかった。救急車がやって来たことにどうして気づかなかったろうと思ったが、あるいはちょっと外出したときに、そういう動きがあったのかもしれない。
2019年11月29日金曜日
晴れたので、ワアーっと人出の山
このところ天気が思わしくなかったが、今日は久々の晴。じつは水曜日の山行を金曜日に変更しておいた。ところが参加者の一人が今日、入院手術ということになった。
「私は大丈夫ですから、行けます」
と奥方からは返事が来たが、でもそうはいくまい。
「延期します。期日は後日に」
と送信すると、
「やはり、そうですね」
と重ねて返信。一緒に行くことにしていた方に知らせると、即座に同意の返事。
2019年11月28日木曜日
茫茫たる藝藝(4)あそびをせんとやうまれけむ
荻原浩の短編「リリーベル殺人事件」のなかに、夫を殺害する方法を思案する主婦が描かれています。それを夫が察知して「スズランによる毒殺ですね、今度は」と妻に告げる場面。妻の創作、夫は編集を志して入社した出版社の営業部員18年目という設定。因みに、荻原浩という作家は、世の中の埒もないことを面白可笑しく綴って、ときに『明日の記憶』のような哀切な作品をものしている「風のような」語り部。
2019年11月27日水曜日
茫茫の藝藝(3)経験と見聞の埒外に出られるか
「ささらほうさら」のmsokさんの「‘小説.’中間報告」に触発された話をつづけます。msokさんが「一生に一度書きたい」という時代小説が自叙伝であるというのには、ワケがあります。msokさん自身が、その創作について、次のように述べています。
《…今さっき小説は虚構の世界と言いましたが、私の場合、じっさいに書いてみてどうしても自分の経験したり見聞したりしたことを越えての仮構世界を構築し得ないことをつくづく思い知らされています。経験と見聞の埒外に出ることができないのです。どうしても自分がこれまで履んできた人生軌跡にいかさま囚われている己の筆致を見て思わず苦笑し、やがては憫笑するほどにそうなのです。創作能力が殆どないのではないかとさえ思います》
2019年11月26日火曜日
これはほんのはじまり
香港の区議会選挙の結果が出た。香港の人々は、まだセミの幼虫の心を見失っていなかったと(一昨日のブログ記事を想い起しつつ)外野の私は、ちょっと安堵している。だが専門家たちは、とても慎重だ。
「民主派の圧勝というが、民主派に投票した人たちの多様性を見落としてはならない。街頭デモが勝利したわけではない。気持ちはわかるが、調子づかない方が良い」
2019年11月24日日曜日
岩盤は舗装され尽くすのがいいのか
イラン映画『少女は夜明けに夢を見る』(メヘルダード・オスコウイ監督、2016年)は、哀切であった。ドキュメンタリー映画だ。場面はイランの少女更生施設。放浪、強盗、売春、薬物、殺人といろいろな罪名をもつ少女たちの女子少年院である。
イスラムの戒律厳しいイラン社会で、犯罪に走った彼女たちのバックグラウンドに、撮影者のカメラが迫り、一つ一つ丁寧に解きほぐしていく。義父や叔父にレイプされるが、家族は、イスラムの宗教指導者である叔父がそんなことをするはずがないと考えたり、家の恥をさらすなとして娘の訴えをウソと決めつける。娘は家を出て路上生活に追い込まれ、強盗をする。薬物を買うために娘に売春をさせる父親を殺す。
カメラを冷たく突き放していた彼女たちが、ともに収容されている少女たちのつぶやきに誘われるように罪状をさらけ出し、あっけらかんと家族や世の中への思いを自らの痛みとともに語りだす。更生施設が、彼女たちを拒む世間からの避難所のように描き出される。7年の歳月をかけた取材だという。
更生施設にもイスラムの指導者はやってくる。少女たちは、どうして女は男にしたがい、身をひそめるようにして生きていかなければならないのかと問い質す。イスラムの宗教指導者は絶句し、しばし沈黙し、搾り出すようにしてこう答える。
「でも、世の中が秩序だって静穏であることが大切だと思わないかね。」
そうなんだ。彼女たちは、地中に産み落とされたセミの幼虫だ。漸くにして地表へ這い出してみると、頭上の地面はすでに強固な岩盤に覆われ、それ以上抜け出ることができない。岩盤の上には「秩序だって静穏な」暮らしを営んでいる大勢の人たちがいる。イスラムの教義に覆われた社会においても、世界の人の暮らしの開放的な気配は、広く静かに伝わる。その空気は、幼虫時代を過ごすうちにも彼女たちの胸中に宿り、ヒトとしての叫びとして噴き上がる。
「秩序だって静穏であること」を大切だと思う中に、殻を抜け出したい幼虫の叫びは組み込まれているのか? イスラムの宗教指導者に、その幼虫たちの成長は見えているのか? 中国の一党支配の理念のなかに人間の歩む径庭は推し量られているのか? トランプのエゴセントリックな自己利益優先主義は人類史的な視界に配慮したことはあるのか?
「今日は香港の区議会議員選挙の投票日です」とメディアは伝えている。立てこもる香港の大学生たちもまた、身を覆ってきた殻が単なる保護膜ではなく強い抑圧だと感じて叫び声をあげている。そのやり方が、バリケードを築き、火炎瓶を投げ、石を飛ばして暴力的であっても、それはイランの少女たちの放浪、強盗、売春、薬物、殺人と似たようなことではないのか。強固な岩盤を突き破って世に生まれ出ようとする幼虫の衝動に、岩盤の上にたつ人たちが「秩序だって静穏であることが大切だと思わない?」と応じるってことは、「今の静穏と引き換えに将来の圧政を受け容れろというの?」と問われて、そうだと応えるに等しい。
かつて敗戦直後の日本は、混沌の地面に上に、素足で立っていた。私たち(戦前生まれの後期高齢者)は、その地面の下で命を得て二十年近い幼虫時代を過ごし孵化してきたことを、しみじみと思い出す。それは人類史的な原初の匂い/臭いを強く残していた時代であった。その匂いや手触りの記憶がまだ私たちの身の裡に刻まれている。それを振り返って私は、まことに幸運な時代を過ごしたと感慨無量である。だから香港の大学生たちを謗ることばを知らない。
だが、ふと気が付くと日本の私たちはいま、強固な岩盤の上に暮らしを立てていて、「秩序だって静穏であることを大切だ」と感じている。高度消費社会に生まれ落ちて、すっかり交換経済の掌の上で秩序だって踊り続けることをあたりまえと思うセンスは、その社会システムが独裁的でも専制的でも抑圧的でも構わないという道を選ぶのであろうか。
イランの少女たちの将来、香港の学生たちの明日が、どうなるか。他人事なのに、目が離せない。
2019年11月23日土曜日
茫茫たる藝藝(2)風のような読み物、稗史小説という構え
「一生にたった一本書きたい」小説の構えをmsokさんは「稗史小説」と名づけて、こう記す。
《……ただし小説という条、たとえば生と死の相剋、男女の愛情の縺れ、社会構造深部への切り込み、世界とは神とは人間とはなにか等々を内在させた所謂近代小説なんぞ書ける能力もないし、書こうとの気持ちも抑々からしてなかりせば、いま流行の言葉を使わせて貰えば自分の身の丈に合ったもっと気軽で深刻さとは無縁の所謂稗史小説もしくは歴史講談的なものになること……》
2019年11月22日金曜日
茫茫たる藝藝(1)世のシタッパ
「無暗に芸芸と伸さばっていた枝葉も容姿よく調えられ見違えるような風情と相成る。」と、庭木の手入れを活写するのは、「ささらほうさら」の講師・msokさん。《「小説」執筆中間報告》の、作品中の描写。
「芸芸って何?」
「そうなんだよね、芸ってのはもともと藝って書くんだけど、茫茫と草木が生える様を表している」
「……」
「その藝が、どうして藝術の意に転じたのかは、わかりません」
「藝術って、日常の規範から茫茫と逸脱して、わけがわからないことから生まれてくるってこと?」
「……」
2019年11月21日木曜日
知識社会の終わり? ヒトは野に還れ
橘玲は知的世界のことばを庶民の言葉に翻訳する達人の一人である。この方が凄腕の編集者として鳴らしていた三十数年前に出会い、センスの良さに敬服してきた。その彼が「知識社会の終わり?」について指摘していることが、面白い。『上級国民/下級国民』(小学館新書、2019年)。
2019年11月19日火曜日
ますますボーっと生きる
今日の天気予報が割りとよくなった昨日の夜。水曜日に予定していた山行を火曜日に切り替えようかと、ふと思った。木曜日には「ささらほうさらの」の月例会がある。水曜日よりも火曜日の方が、一日間が空くだけいいかもしれないと考えたからだ。だが寝床に入る前に、考えなおした。木曜日に発行する「ささらほうさら・無冠」が、手を付けたままで仕上がっていなかった。ま、それは水曜日にしても悪くないことであったが、こちらも間を置くと、何を気にしていたか忘れてしまう、と思った。そういうわけで、今日はカミサンが出かけるのを見送って編集仕事に取りかかった。
2019年11月17日日曜日
「わたし」にとって「他者」とは何だろう
書名が目に止まり手に取った。トニ・モリソン『「他者」の起源』(荒このみ訳、集英社、2019年)。「解説・森本あんり」とあったので読む気になった。森本あんりの名を知ったのは2015年、トランプ候補が登場して「反知性主義」がマスメディアで取りざたされていたころ。当時(2015/7/19)、この欄で「梅雨が明けたが、さて」と題して、《アメリカの「反知性主義」は大衆社会時代の「知性の頽落への批判である」と位置づける森本の論展開は、確実に私の心に訴えてくる。》と、好感を懐いていた。
2019年11月16日土曜日
にんげんを組み込む考え方
台風による水害の始末が長引いている。昔1970年の頃、田中正造のことを調べていたとき、かつて渡良瀬流域に位置していた谷中村が「洪水とともに暮らしていた」という記述を読んで、自然観に思いを致したことを、いま思い出す。「洪水とともに」というのは、渡良瀬川のもたらす洪水は厄介な災厄であったから、家を建てるのを高台にし家の壁には舟をつるしおくような暮らしであったこと。反面、洪水は上流から肥沃な土壌を運び、耕作して痩せた大地を潤すことを言祝いでいたということであった。自然とともに、そこに溶け込んで暮らしを立てるというのは、そのようなことだった。それが、足尾の鉱毒によってすっかり暮らしが成り立ちゆかぬようになり、ついに谷中村は廃村になったのであった。今は広大な渡良瀬遊水地になっている。
2019年11月15日金曜日
「2042年問題」は、私たち親世代のモンダイである
この欄で「団地コミュニティの社会学的考察」などと称して、人口減少時代の将来展望に触れてきた。私の知人がこんな本があるよと教えてくれたので目を通した。『人口急減社会で何が起きるのか―メディア報道の在り方を考える』(新聞通信調査会編、2018年)。130ページほどのブックレット。去年半ばのシンポジウムの記録である。
2019年11月14日木曜日
空っ風の源流―赤城山・荒山と鍋割山
「明日は関東地方に木枯らし1号が吹きます」という予報を聞きながら、その源流部の赤城山へ行ってきた。昨日(11/13)のこと。天気予報は晴れであったのに、朝から曇り空。雲は二千メートル上空を覆い、雲と大地のあいだはかなり遠方まで見渡せる。前橋駅で同行者を拾い、もう一台の車と落ち合う「国立赤城青少年交流の家」へ向かう。前橋市内は、ちょうど通勤ラッシュのせいで渋滞。20分ほど早く着いて待ち合わせるつもりが、時間ぴったりに駅で同行者を乗せ、赤城山の中腹にある交流の家へ向かったのだが、目的地のほんの50メートルのところで脇の林道に入ってしまった。そのため、4キロほど上部にまで行き着いて間違えたことに気づき、引き返すというハプニングがあった。
2019年11月13日水曜日
人口減少時代の「消滅可能性都市」の設計
少子化が進み、人口減少の市町村の約半数が消滅する「消滅可能性都市」がモンダイになったのは、2014年であった。以前から私が疑問に思っているのは、明治維新のころ日本列島のの人口は、おおよそ3000万人であったことを考えると、人口減少でなんでうろたえているのか、わからない。経済が停滞するというが、人口が減れば、当然需要も減少し、経済活動の規模も小さくなる。だから規模が小さくなることがモンダイなのではないはずだ。人口減少に比例して規模が小さくなるのなら、現在の暮らしの水準は変わらないことになる。それで何か不都合はあるか。
2019年11月12日火曜日
「公正さ」とは何か(2)「不公正」にどこまで「痛み」を感じているか
メディアに要請される「公正さ」って何だろう。アメリカのマス・メディアは、どの新聞はどの候補を支持しているとか、共和党支持だがトランプには反対だとか、わりと党派色が旗幟鮮明だと聞く。日本のメディアの場合、最近はだいぶ違ってきたが、それでも党派色を出すことは嫌われる。産経新聞も、朝日新聞も、読売新聞も、自分たちの報道が「公正」あるいは「正義」だと考えている(ようにみえる)。つまり「公正」とか「正義」というのは党派性(立場の違い)を超えて(皆さんに)受け容れられるコトと考えている。だから旗幟鮮明にするのはご法度なのだ。だから同時に、「党派」というのが「party(一部を代表している)部分」という考え方も、ない。自民党のように、あるいは政権時代の民主党のように、ひとつの党派の中に、派閥をなして争うことはあっても、党全体としては「みんな」を代表しているというセンスが共通しているといえようか。
2019年11月10日日曜日
「公正さ」とは何か
先日(11/8)のこの欄《「すべて政治に属する」か》でモンダイにしたことが、昨日(11/9)ジャーナリズムの「報道」を論題にして、真山仁によって論じられている(「真山仁のPerspective:視線」朝日新聞2019/11/8)。端的にいうと隔靴掻痒。モンダイの周縁に触っているだけで、踏みこめていない。《「人が伝える=偏向」メディアへの不信》《事実を見抜く視点 人にこそ》と見出しを振る。ジャーナリズムに興味を持つ高校生が「親はメディアはウソばかり伝えていると軽視している。本当でしょうか」という問いかけにはじまり、真山仁が9カ月ぶりに応じているエッセイ。
2019年11月8日金曜日
「すべて政治に属する」か
池澤夏樹が今年のノーベル文学賞の受賞者ペーター・ハントケのことを書いている(朝日新聞11/6、「終わりと始まり」)。いくつもの刺激的な事実があり、思い出されることがあって面白かった。
2019年11月7日木曜日
不思議な里山
かつての大滝村の、和名倉山や甲武信岳などの奥秩父連峰に源を発する荒川の流れが秩父市の中心部貫いて流れ、南北から東西に大きく屈曲する地点に皆野の町がある。東の小鹿野町に源流をもつ赤平川が荒川に合流するのもこの地点。二つの下線を抱える秩父盆地と呼ばれる山間の広い平地を縁取るように佇んでいる山並みに「皆野アルプス」という名が冠せられている。破風山627m。「はっぷさん」と呼ぶと、皆野町役場観光課発行のマップにある。その山に昨日(11/6)、山の会のmrさんをチーフ・リーダーにして歩いてきた。天気は晴朗。雲ひとつない。
2019年11月5日火曜日
よみ人知らず
今日(11/5)の朝日新聞「折々のことば」で《よみ人知らず》が紹介されている。紹介者の鷲田清一は、こう続ける。
《誰が作者かわからないというより、人から人へ伝わるうちに少しずつ変化し、誰が作者か特定できなったということだと、ブルガリア出身の日本文学者、ツベタナ》
なるほど、そういわれてみると、その通りだ。
2019年11月4日月曜日
わが十年の心の機縁
思いついて、昔のブログ記事を読みなおしていました。このブログも、はじめてから12年。途中、プロバイダの都合でブログ提供が中止され断絶したので、再構築したブログは、2014年の5月までしか遡れません。
目を通していて、《この「真理が人間をつかまえる」という「他力」こそ、私の「機縁」の中であるときパッとひらめいて腑に落ちる思いを、的確に言い表しています》と記していることに気づきました。ああ、これが、私が繰り返して想っていた「自然(じねん)」だと思ったのです。
書き落としていたからこそ、出会う表現に、わが十年の径庭と「心の機縁」を感じました。長いのですが、再掲します。
2019年11月3日日曜日
明るい陽ざしの文化の日
天気が崩れると言われていたのに陽ざしも入って明るい。夕方以降に崩れるのかもしれない。昨日、図書館への往復を歩いていたとき、ふと、先日観たアニメ映画「エセルとアーネスト」のプロットのことを思い出した。わずか1時間40分ほどの長さに、両親のたどった足跡を上手に表現している。それは、プロットを巧みに掬い上げて、両親の関係が育んでいた情景を描き出したからではないか。つまり、他人に何かを伝えるためには、あれもこれもととりあげる必要はないのだ。象徴的な出来事を、うまく一つのプロットに掬い取ってまとめれば、要のことはきちんと伝わる、と。そう考えると、いつも、このブログのようにだらだらと、あれもこれも拾い上げて記述する必要はなくなる。私に欠けているのは、削り取る才能なのではないか。
2019年11月2日土曜日
気になる細かいこと2点
去年の昨日(11/1)のブログ記事をみると、海外に住む私の友人へのメールが「不正アドレス」と表示が出て使えないとぼやいている。こちらからのメール送信が届かなかったのだ。ディスコミュニケーション状態にあったのが、このブログを目にしたことで、友人のPCが問題と分かって、そちらの方が対応してくれた。そうか、あれからもう一年になるか。とすると、かれはまたそろそろ日本に帰ってくることになる。速いなあ、ときの経つのは。
2019年11月1日金曜日
社会の土台が分断疎外されつつある
先日(10/29)に「際だったデータ分析の手法」と題して、吉川徹『日本の分断――切り離される非大卒若者たち』(光文社、2018年)の分析手法を取り上げました。今日は、その中身に踏み込んでみます。
軽量社会学を専門とする吉川は、2015年に行われた二つの社会学調査を解析して、20歳から60歳未満の現役世代を「若年/壮年」「男/女」「非大卒/ 大卒」の三つの指標で8つの枠組み(セグメント)に区分けして、まず、それぞれの人口、年収、就労時間、職種、世帯、結婚状況などのデータ(ハードウェア面)を解析して、それぞれのセグメントを一人の人に見立てて「8人のプロフィール」を描き出しています。
2019年10月31日木曜日
五里霧中、街中で迷子になる快適な鳴神山
昨日(10/30)の濃霧はすさまじかった。100m先がぼんやりと見えるだけ。車の速度も控えめである。今日の山の会一行の半数は、浦和駅で落ち合って車で向かい、登山口で落ち合うアクセス行程。ところが出発してすぐに、車のnaviは何度も「左へ曲がります」と声をあげて、あらぬ方向を指し示す。「おいおい、東北道はそっちじゃないよ」と嗤いながら、勝手知ったる浦和ICへ踏み込む。
2019年10月30日水曜日
親の歩みを記す自伝
今日(10/29)雨のなか、神保町まで出かけてアニメ映画を見てきた。ちょっとした自己の精神の成育史を辿るような気分であった。このアニメ映画『エセルとアーネスト――ふたりの物語』は、レイモンド・ブリックスの原作。絵本「スノーマン」の作者が、自分の両親の半生を絵にして物語った。
2019年10月29日火曜日
際だったデータ分析の手法
先月来、「コミュニティの消失」を考えてきた。また10/9の本欄で、「原点に還れない「惧れ」」と題して、少子化のモンダイや団塊世代と若者世代の格差の拡大にふれてきた。目に止まったので手に取って読んだのが、吉川徹『日本の分断――切り離される非大卒の若者たち』(光文社新書、2018年)。驚いたのは、データ分析の手法。なるほど、社会学者は、こうやって時代の特徴を浮かび上がらせるんだと感嘆している。
2019年10月28日月曜日
地道に探索する関係に生まれるスクープ
人と人との関係がものごとを新たな局面へ導いていくものの見方を動態的という。「あの人はこんな人」「この方はこういう人」と思い込むのは人の常だが、そういう概念的なものの見方が固着すると「偏見」になり、固定観念となる。それはとても息苦しい(と私は思う)。でも最近、「ワタシって、これこれこういうヒトだから」という自己表現が、若い人たちの間で流行っている。それはつまり、その若い人がとらえがたい「自分」というものをどこかにつなぎとめておきたいという願望の現れと感じる。どこにつなぎとめているのかって? ほかの人々の観念に滑りこませたいとでも言おうか。私のような年寄りは、もはや人にどのように思われているかはどうでもいいし、自分がどういう人間であるかは、呆れるほど感じさせてもらっているから、いまさら「自分」の正体をつかみたいという不安も湧き起らない。でも、動態的に人の関係を見るという視点は、大切にしたいと思っている。
2019年10月27日日曜日
つれづれなるままに
☆ 洗脳とプロパガンダと規範の伝承をどう区別するか
今野敏『マインド』を読む。この作家らしく、犯罪モノ。物語は単純明快で、精神分析医や心理療法士がかかわって、クライアントの抑圧している蓋を取り去って出来する事件を素材にしていて、意外性がない。あまりに簡単に他人の内面を解放する名人芸的催眠療法によって……というのが、いかにも作り物臭い。だが読みながら、洗脳とプロパガンダと規範の伝承をどう区別してとらえることができるだろうかと考えていた。
2019年10月24日木曜日
鍛えられたのか鈍くなったのか
今日の昼間の最高気温は20℃。最低気温は16℃ほど。涼しくなったが、まだ半袖で通せる。
「寒くないの?」と聞かれ、そう言えば、以前は20℃以下だと長袖を来たかなと思う。
「寒くないね。強くなったのかな」と応じたら、
「鈍くなったんじゃない?」と返されて、そうかもしれないと思っている私がいた。
2019年10月23日水曜日
ないみたいな一日
《今日一日がないみたいというのは、こんなにも楽なのか》と、角田光代が短編の中で書いているそうな。「家族のために作った料理の写真とレシピをブログに載せる」主人公が、「こんなに幸せな毎日です」と自己確認する所業なのではないかと気づいて、「その日はブログを更新しなかった」日の感懐。
2019年10月21日月曜日
賑わいと静謐の里山
先日(10/16)に「台風の傷跡に意気が挫かれる」と書いたら、山の会の方から「吾妻山は大丈夫でしょうか」とメールが来た。鳴神山から吾妻山への縦走を、山の会の月例山行として来週に予定している。そう言われてみて、下見しなくちゃなるまいと思った。鳴神山と吾妻山は、関東平野の最北端、桐生の街の北側にある。鳴神山はカッコソウの自生地があり、それを見るために何度か足を運んだが、いずれも自生地が近い大滝からのルートであったように思う。来週の縦走は、駒形登山口から沢を詰めるように鳴神山に登って、そこから南の吾妻山までの稜線を縦走する。吾妻山の麓には吾妻公園があり、ほんの2kmほどで桐生の駅に行ける。
2019年10月19日土曜日
イデオロギー論戦の「殻」は破れないのか
山崎雅弘『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解き方』(集英社新書、2019年)が図書館から届き読んでいた。「歴史戦」という言葉は産経新聞が使い始めた用語らしい。「思想戦」というのは、日中戦争と太平洋戦争期に日本政府の内閣情報部が中心になって展開した戦いであったそうだ。山崎は、産経新聞や日本会議を中心にしてなされている「歴史戦」は、戦前の「思想戦」の考え方を受け継ぎ、「大日本帝国」を擁護すべく、歴史のファクトに基づかない問題のすり替えをしていると批判する。
2019年10月18日金曜日
「能ある鷹」恐るべし――遊びの新境地
昨日(10/17)は「ささらほうさら」の月例会。今日の講師はnkjさん。演題は、「文字で聴く中島みゆきの世界Ⅱ」。 昨年12月に「文字で聴く中島みゆきの世界」を披露し、「中島みゆき」は私に鮮烈な印象を残した。2018年12月14日のこの欄で「世の中とアレルギー」と題して、そのことを綴った。長いが、再掲する。
2019年10月16日水曜日
台風の傷跡に意気が挫かれる
今日(10/16)予定されていた山の会の山行が中止になった。台風19号の影響で中央線が高尾から向こうへ行かない。じつは私は、別の予定があったのだが、そちらも台風のために中止となった。今日の天気は悪くない。山へ行かない手はない。
2019年10月15日火曜日
コミュニティ性は広く薄まり、人々は不安になって殻をつくる
コミュニティが消えたと言ってきたが、人びとの意識から消えたのであった。人びとの側からみると、市場とか商取引とかグローバリズムとかヒト・モノ・カネの自在な交通にともない、「せかい」のどこにおいても「わたし個人」として振る舞えるようになった。むろん、その「せかい」に必要なカネやコトバやコネクションが、それなりにあることが条件になる。その人たちは、文字通り世界のどこにおいても、できないことはなく、不都合もない。
2019年10月14日月曜日
消える踏み跡を踏んだ気配
つい先ごろ喜寿を迎えたわたしの中学高校の同期生たちが「36会」というのをつくっている。卒業年次の昭和36年から取り、「さぼろー会」と命名して、ちょっと時代的な姿勢に反旗を翻す気分を込めている。いつごろできたか。おおむね17年程前。還暦のころだが、子細は忘れた。
2019年10月13日日曜日
芝川の氾濫はつづきそう
昨日は台風19号で一日家に閉じ込められた。と言っても、ふだん、山へ行く以外は家に籠りっきりだから、引きこもりになったといったところ。本を読み、PCに向かって過ごした。そして今日、雲が空にぽっかりとひとつしかない晴天。見沼田んぼへ「河川氾濫」の様子を見に行った。
2019年10月12日土曜日
ロゴスではなく直感を介在させる思索
山際寿一×小原克博『人類の起源、宗教の誕生』(平凡社、2019年)を読む。「ホモ・サピエンスの「信じる心」が生まれたとき」という副題。山際はゴリラの研究者。小原はキリスト教の宗教学者。同じ京都にある大学の教授ということもあって、縁があったのだろう。対談と、それぞれの記した「補論」とで構成されている新書本。面白かった。
2019年10月11日金曜日
奥深い山の入口、熊倉山
台風が来る前の最後の晴天とあって、昨日(10/10)、秩父の熊倉山に足を延ばした。いや、話しは逆。じつはこの日をふくめて、kwrさんの立案で八ヶ岳を縦走する予定を組んでいた。ところが8月、9月のハードな山行が影響してkwrさんが調子を崩し、もう一度(山歩きの)初めから身体づくりをやり直していた。だから私は、会津駒ケ岳や鹿沼・岩山にも一人で行ったというわけだった。だから今回も、11月末の熊倉山の下見として、1人で行くことを考えていたのに、kwmさん・kwrさん夫妻がつきあってくれたというわけ。
武州日野駅で待ち合わせた。このところ気温は秋らしくなり、長袖一枚ではどうかなと思わせるほどだったが、歩きはじめると、さして汗もかかず快適であった。舗装林道を45分ほど詰める。途中バイクで上から降りてきた地元作業員風のベストを着たお年寄りが「熊倉山に登るんかね。深いよ。気を付けて頑張ってな」と声をかけてくれた。年寄りが3人歩いているのを気にかけてくれたようだ。
2019年10月9日水曜日
原点に還れない「惧れ」
「コミュニティの消失」と呼んだのは、「コミュニティ性」がそこに暮らす人々の意識から消えたということであって、無用になったということではありません。実際には、市場原理とかナショナリティ(国民性)とかネーション(国)などの社会的作用に代替されて、そこにいる「わたしたち」がその関係性を「自然(じねん)」と受け止めているのです。
そう考えてみると、私たちの「関係の原基」がどこにあるかへ思いが及びます。「関係の原基」というのは、「わたしたちの暮らしの根底に具えている形」です。一昨日(10/6)のこのブログで「まさにコミュニティ性の消失――全過程の総結果」と表題をつけたのは、「関係の原基」の上に次々と制度や作法や儀礼を積み重ねてつくりあげた社会システムが「わたしたち」の暮らしのかたちを作り替え、「わたしたち」はその仕組みに適応してわが身を変容させ、現在のような感性や感覚、観念をもつに至ったことを示したかったからです。
2019年10月8日火曜日
基底に立つ
今野敏の「隠蔽捜査」シリーズの『3疑心』(2009年)『3・5初陣』(2010年)『5・5自覚』(2014年)を図書館から借り出して読んだ。この作家には、私は好感を懐いている。これまで読んだ記録を拾ってみると、(「 」内はブログ記事の標題)2019/2/5「なぜ武術を鍛えるのか」『武士マチムラ』(2017年)、2015/7/4「いま日本のナイファンチはどうなっているか」、『チャン ミーグヮー』(2014年)、2015/2/17「パターン認識」、『転迷』(2014年)、『隠蔽捜査』(2005年)、『隠蔽捜査2 果断』(2007年)、『隠蔽捜査3 疑心』(2009年)、『隠蔽捜査3.5 初陣』(2010年)、『パラレル』(中央公論新社、2004年)とある。「疑心」と「初陣」は二度目だ。そうして、2015年のブログ末尾で「面白いと同時に、はて、なんでこんな読み物に興味をひかれているのであろうかと、鏡を見ているような、妙な気分になっている」と記述している。
2019年10月7日月曜日
新し物好き・清潔好きって、国民性?
先月の台風ですっかり汚れた窓ガラスを拭いた。拭きながら、こうした掃除を毎日コツコツとやるのが「暮らし」だと思った。今の私は横着になって、汚れが目立つときとか、どなたか来客があるときにしか、掃除をしない。したがってカミサンがやってくれている分には、私は「暮らし」から遠ざかっている。男社会の積年の弊に乗っかり、老年という社会的な良識に依りかかって、「暮らし」を人に預けて暢気に振る舞う。申し訳ない年寄りになってきた。
2019年10月6日日曜日
まさにコミュニティ性の消失――全過程の総結果
ついさっき、団地の防災訓練を終えてきました。消防署から来て、119番への連絡の仕方、消火器とAEDの遣い方、地震などのときの避難場所のことなど、1時間ほどレクチャー。自治会の防災用準備品の期限切れが近いものを分けて、新規更新する。60人くらいが参加して、ま、そこそこの関心事というわけ。
2019年10月5日土曜日
記憶を甦らせる歩き
先日水曜日に、鹿沼岩山に登った。わずか3時間の山なのに、意外と身に堪えたと木曜日に記した。そして昨日金曜日、来週の天気予報を見ていたら「女心と秋の空」らしく、雨がつづく。8日から予定していた八ヶ岳も見合わせることになった。となると日帰りでもいいから好天を狙おうと「予報」をみる。今日土曜日がいい、と思っていた。山へ行きたくてうずうずしているのだ。
2019年10月4日金曜日
わたしは心配ですぞい
★ システムの軋み
先月末の朝日新聞「生活」版に「希望退職 許されざる勧奨」という記事が載った。「断ってもまた面談「辞めろ」とは言われないが…」とサブタイトルがつく。東芝の子会社などで《「まかせたい仕事がないと退職を促される」「希望退職」とは名ばかりの退職勧奨が、大企業で広がっています。》と、半年間で、富士通、コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス、アステラス製薬など上場企業17社を数え、昨年の一年分を上回っていると、ある。
2019年10月3日木曜日
忽然と現れた魁偉
10月になったというのに真夏日を記録した昨日(10/2)、ちょっとひと山と考えて、3時間ほどの山歩きに出かけた。東武線新鹿沼駅からあるいて30分ほどのところにある岩の山。その名も、鹿沼・岩山328m。東武日光線は、佐野を過ぎたあたりから、前日光とか阿蘇山塊と呼ばれる関東平野北辺の山並みに寄り添うように走っていく。その新鹿沼駅周辺の平野部に突然立ち現れて南北に2キロ足らず、標高300メートルほどの岩山が姿を見せる。
2019年10月1日火曜日
(3)「空き家」問題と日本社会の空洞化
次々と新しい高層住宅が建てられ販売されているが、そう遠くない将来、それらは「空き家」になる。いや実際、管理組合理事長になってから耳に入るようになったが、1960年代につくられた団地はぼちぼち寿命を迎え、解体されて建て替えがすすんだり、あるいは耐震補強をして延命策を講じたり、資金不足で手が付けられなくなったりして、都市問題になっている。賃貸の戸建て住宅「ニュータウン」も、(居住区の高さ制限にしたがって)中低層住宅に建替え、新規発売も組み込んで建替え費用を賄う方策をとっている。しかしこれは、まだ社会移動によって人口の増加が見込まれている首都圏に限られた話だ。
2019年9月30日月曜日
(2)ボヘミアンと使い捨て
Seminarの「団地コミュニティの社会学的考察」でもう一つ物議をかもしたのが、私たちの寿命と建物の劣化をどう考えるか、であった。時間がなかったSeminarの場では、説明もしなかったし、やりとりも行えなかったが、fjkwさんが「子や孫に受け継ぐってことを考えなきゃあ、良くないわよ」と言い、tkさんが「子どものいない人だっているよ」と受け、「それって、都市計画のモンダイじゃないの?」と返したところで、終わってしまった。少し丁寧に考えてみよう。
2019年9月29日日曜日
目に見えないコミュニティ
昨日(9/28)のSeminar《「団地コミュニティ」の社会学的考察》を提起していて、「コミュニティなんて、あるの?」という反応を、わりと広い範囲の人たちにみて、そうか、コミュニティは目に見えなくなっているのだと気づいた。
2019年9月27日金曜日
奇遇のヨーキ、日本百名山・会津駒ケ岳
先日(9/20)「女心と秋の空」を記した。台風が来る。ところが足が速い。9/25の奥日光は台風一過の晴天の予報。ならば日帰りで行きませんかと、ほかの方々に呼び掛けた。「眺望もいいというから、頑張ります」と古稀を越えたmrさんからの返信。ところがkwさん夫妻から「やはり体調が恢復せず、見合わせたい」との返事。mrさんに知らせると、「皆さんがそろっていくようにしましょう」ということで、見送りとなった。
2019年9月24日火曜日
溶け崩れる「民意」へのテロ
村上龍『オールド・テロリスト』(文藝春秋、2015年)を読んで、何だか私たちは、どうしようもないところに来ているように思った。その「私たち」というのが、「日本の人たち」なのか、「日本の年寄り」なのか、「何もかも含めて日本」なのか、わからない。村上龍は、もう四半世紀前に「世の中の暗い部分だけを描きつけていてもどうしようもない。ここまでの創作路線を改めて、少しは世の将来のお役に立つような仕事に力を傾けたい」という趣旨のことを述べて、創作も変えてきたことがあった。阪神淡路大震災やオウム真理教事件があった前後だと思うが、いま、確かめる気力がない。その最初の創作が『希望の国のエクソダス』であったり、『13歳のハローワーク』だった(ように思う)。
2019年9月23日月曜日
ひとを非難するこころの救済
モノを書いていて思うのだが、他人(ひと)の何かを批判したり非難したりするとき、内心のどこかに心地よさが揺蕩っている。他人の不法や非法、逸脱を非難するとき、非難している当人はご自分の正当性を疑っていない。その人の子細な事情を関知することもなく非難するとき、ご自分の立っている立場が何であるかを、たいていは意識していない。文章になったものを批判するのは、もう少しクールであろうが、その斬り口の鋭さが、どこか留飲を下げる気配を湛えていて、それ自体で批判する意味を見出している。
2019年9月22日日曜日
指標と自信
新しい体重計が来た。「体組成計」と名称がついていて、体重ばかりか、11項目の「体組成」を図り表示してくれる。体重とかBMIというのは、わかる。計算式があるからだ。だが、体脂肪率、筋肉量、内臓脂肪、基礎代謝、推定骨量、カルシュウム推奨量となると、すべてブラックボックス。むろん、この体組成計をつくっている会社の算定式があり、それがこの計器のマイクロコンピュータに組み込まれているのであろうから、お任せするしかない。
上記の外に、体内年齢と足腰年齢と体型判定というのは、たぶん統計的な平均値を組み込んで、あなたはどこに位置していますと、判断してくれるのであろう。最初に個人登録をしておけば、あとは計器に乗るだけで、計測がすすむ。
2019年9月21日土曜日
自然科学は「偏見」から自由か
林憲正『宇宙からみた生命史』(ちくま新書、2016年)は、地球の生命史からみた宇宙を解きほぐしていて、面白かった。
地球における生命が、いつ、どのように誕生したのか、それがどのように「進化」を遂げてきたのかを考察するとき、地球という限られた舞台だけで考えて来たのが、従来の生物学であった。ところが、宇宙が解き明かされてくるにしたがって、生物と非生物、無機物と有機物の端境がくっきり線引きされるものではなく、分子生物学が発展をみせ、化学と生物学の相互浸透がすすむ。こうして、生命誕生の証であるタンパク質を構成するアミノ酸を、実験室で誕生させられるかにとりかかる。生命誕生のときの地球の「状態」を再現するということは、じつは、地球の誕生を解きほぐすことであり、それはまた、太陽系を、銀河系を、宇宙の誕生であるビッグバンを解きほぐすことと無縁ではないうちゅう。こうして、地球生物学は、アストロバイオロジーへと展開してきたと、著者・小林は平明に記述している。
2019年9月20日金曜日
「女心と秋の空」
来週の山は奥日光に泊って、太郎山と日光白根山の二山を登る予定であった。宿もとった。ところが、日光湯元の天気は悪くないのに、白根山の天気が「C」(不適)だ。風が強いせいかもしれない。とうとう宿のキャンセル料が発生する期限までよくならないので、中止にしようかと同行者へメールを打った。電話がかかってきて、「じつは体調が良くない」という。先週、鶴ヶ鳥屋山へ行った二日後に高尾山へ軽いハイキングをしたところ、調子を崩したという。夏の表銀座縦走が案外まだ、尾を引いているのかもしれない。白根山の日帰りならいけるかもしれないが、両方は無理だというので、まず宿はキャンセルした。日光白根山の天気が悪いなら、こちらはどうかと調べてみたら、富士山の西側、静岡県富士宮市の毛無山が「A」(適)だ。こちらにしようかと算段していた。
2019年9月19日木曜日
逆かもしれない
昨日、大沢在昌『帰去来』の読後感を、次のように締めくくった。
《それとも、異なる次元に移動する前の「現代社会」が「田園」だというのであろうか。そうか、そうなのか、大沢在昌にとっては。いま、そう思いついた。》
《それとも、異なる次元に移動する前の「現代社会」が「田園」だというのであろうか。そうか、そうなのか、大沢在昌にとっては。いま、そう思いついた。》
2019年9月18日水曜日
置かれた「場」で人は変わるが
大沢在昌『帰去来』(朝日新聞出版、2019年)を読む。タイトルを見て「かえりなん、いざ。でんえんまさにあれなんとす」を想いうかべて、大沢在昌もやっとそういう気分になる年になったかと思った。ちがった。
2019年9月17日火曜日
リベラルの原点回帰は限界点でもある
サザ・ハルヴァン監督『聖なる泉の少女』(ジョージア映画、2017年)を観た。不可思議な力を持つ村の泉を護りながら、村の「医師」として水による治療をやってきた父娘。娘の兄たちは皆、キリスト正教会やイスラムの聖職者になったり、無神論の科学の教師になっている。「おまえは特別な子だ」と言い習わされてきた娘が、聖なる泉を父とともに守ろうとするのだが、生長するにつれて(己への視線も加わって)疑念が湧く。他方で村は水力発電所の建設が進み、人びとの心もちの、聖なる泉との乖離がいっそう大きくなる。ついに泉に棲む魚が病むに至り、泉の少女はその魚を湖に放すというお話。
2019年9月16日月曜日
内面がほとばしり出る
先週金曜日(9/13)、神田で映画を見たついでに上野の東京都美術館へ足を運び、秋の院展を覗いた。招待券を頂戴したからで、お目当ては高橋俊子の作品だけ。どんなものを書いているのだろう今回は、と興味津々ではあった。去年の春と秋の作品を観た思いを振り返ってみる。
2019年9月15日日曜日
地味だが手ごたえのある山――鶴ヶ鳥屋山
涼しくなった昨日、手軽な山歩きと考えて、大月の先、笹子駅へ向かった。山の会の4人。私たちの外に数名の一組。でもこの方々はここから別の山に登るようだ。駅前には警察官二人がいて、「遭難防止」を呼び掛けている。登山者が増えているそうだ。本社ヶ丸から三つ峠山への稜線で、道に迷ったり滑落する事故がつづいているそうだ。単独行は止めようとか、事故にあったときに自分の位置をスマホで知らせる「山岳遭難時の対応」方法を書き込んだ非常用ブランケットを配っている。私たちが鶴ヶ鳥屋山へ行くと聞くと、じゃあ大丈夫ですねと笑っている。
2019年9月12日木曜日
「ときどき離脱」の都会生活
8日にやってきた台風による停電から、千葉県の一部はまだ、復旧の見込みも立っていないという。送電線2本がへし折れるという強風だったからでもあろうが、人が密集して暮らす大規模都市のインフラのむつかしさを感じる。市民の暮らしはそうにしても、君津市などの製鉄工場群は自家発電の代替機能で用が足りているのであろうか。冷え切った溶鉱炉を、ふと想いうかべて、縁もないのに心配している。
2019年9月10日火曜日
根っこが同じという根拠
国語の誕生が近代ナショナリズムの出発点とみてきた。ふと思い出したのが、井上ひさしの戯曲『国語元年』。バブルのころだったか、彼の劇団「こまつ座」でやっていた。戯曲本が図書館にあった。新潮社、昭和61年(1986年)の刊行。中身はすっかり忘れていた。明治一桁年代のころ、文部省のお役人が「全国統一話言葉取調ヲ命ズ」を受けて右往左往する物語り。そのお役人は長州、奥方は薩摩人、女中などは山の手ことば、江戸下町方言、大阪河内弁、南部遠野弁、羽州米沢弁を遣う各地出身者。そこへ京ことばのお公家さんと会津弁の泥棒がかかわって、「全国統一話言葉」を探るやりとり。同時進行で「小学唱歌」を編むことを行っている。とどのつまり、「小学唱歌」が共通語の体感をかたちづくり、それが「国語」の話し言葉になっていくことを予感させている。井上ひさしの台本は、(現在の共通)日本語の台詞に各地の方言をフリガナで振り、舞台のおかしさをつくりだしている。
2019年9月9日月曜日
すみなれたからだ、なのに(2)
ノーベル文学賞受賞作家・クッチェ―の『モラルの話』の一篇について、2019年1月5日のこのブログでは、以下のように記している。
《もうひとつ、「物語」。不倫。娘を学校へ送り迎えする主婦が、週に一度、ときに二度、街中の男のアパートへ行って抱き合う。ところが彼女にとってそれは、欲しいと思っていたものが手に入った喜びに満ちている。「やましさは感じない」。夫との間は、それまで以上に親密になる。「ふたりのあいだのことにはまだ名前がない」。もちろん不倫という名も、別の「物語」を知るときに名づけられるが、いまは、そうとは言えない。男の固有名もあるが、彼女は男を思うとき男Xと呼ぶ。そう呼ぶことによって、彼女の胸中に物語をもって起ちあがってくることをやんわりと拒んでいるように見える。男Xであるがゆえに、彼女の欲望を解き放つ「関係」に限定しておくことができるようだ。/「結婚した女が、意識的な決断をした結果、結婚した女であることを短時間やめて、ただの自分になり、それが終わればまた結婚した女に戻ることはできるだろうか? 結婚した女でいるって、どういうこと?」》
2019年9月8日日曜日
すみなれたからだ、なのに
窪美澄『すみなれたからだで』(河出書房新社、2016年)。図書館の「本日返された本」の書架に並んでいた。8編の短編を収めている。表題作は、そのひとつ。
年を取ると身体が思うように動かなくなる。のろくなる。鈍くなる。ここぞというところへ行き届かなくなる。それを意識しているうちは用心するようになるが、気を付けるのはたいてい、コトが起こって後のことになる。ひとつことに長く集中していることができない。本を読んでいても、文字がさらさらと表層を流れ、意味が汲み取れない。TVのドラマも、終わりまで見る気力がつづかない。飽きてしまう。すみなれたからだなのに、と思うことが多々あったから、書名が目に止まり手に取った。
2019年9月6日金曜日
古色蒼然たる「コミュニティ」
隔月で行われているseminarの「お題」をお知らせした。お題は、《「団地コミュニティ」の社会学的考察》。すぐに出欠の返信が来たが、以下のような書き込みもあった。
(1)高度成長時代の遺物の廃墟? の話ですか。当地にも高蔵寺ニュウタウンなる団地があって、今や所有者も判然とせず、住民票も取れない人たちもいると聞きます。建て替え問題など大変だそうですね。こんな後ろ向きな話でないと思いますが、「潜入密着取材」は興味津々です。
(2)コミュニティといっても今、高齢化、そして、そもそも論として空家だらけではコミュニティなんて言葉は成立しないですよ。/町内会も高齢化で脱退者が増えて、ます。なんぞの時の助けあいなんて言うは美しくも非現実的。身体が動かなきゃできやしない。僕は野垂れ死にを覚悟してます。/高齢化と孤立(個立?)の行き着く先は誰にでもわかるが今更昔の大家族、互助の環境に戻れるわけもなく、解決するすべはないと思うし、解決のためと銘打って無駄金を投ずるのもいかがなものか。/町内会なんて馬鹿馬鹿しいと思ってます。因みに我が町の歴代会長は世間知らずの学校の校長経験者。
2019年9月5日木曜日
香港行政長官とドン・ウィンズロウ
香港行政長官の「選べるものなら辞任したい」という発言を聞いて、アメリカの推理小説作家、ドン・ウィンズロウを想いうかべた。どうして?
じつは、この作家の香港を一部舞台にした作品を読んで、以下のような感想を書き綴ったことがあったからだ。「2019-6-19 広範な取材力に感心」と題してこう記している。
2019年9月4日水曜日
「想像」の根っこ――私の裡のナショナリズム
ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」が提起したことを五項目にまとめた大澤真幸の「ナショナリズム」に基づいて、これまで考えてきた。だが考えるにつれて、アンダーソンの「想像」のもう一つ手前にある根幹に触れる必要があると思った。いうまでもなく「想像」は「言語化」される。「ことば」で表現されるわけだから、「一体感」の根幹も「想像による」と呼ぶのは、間違いではない。だが見知らぬ他人と一体感を持つというのは、ことば以前に「同じ空気を吸っている(吸ってきた)」という共有の感触を持っている必要がある。私の裡のナショナリズムの子細を腑分けしてみると、文化を共有しているという感触(これも想像ではあるが)に突き当たる。
2019年9月3日火曜日
意欲を掻き立てるのは、山か人か
昨日(9/2)埼玉県の西部、秩父と境を接する奥武蔵の山に登った。山の会の会員企画「日和見山歩」の月例山行、チーフリーダーは60代前半のSさん。当初、9/4(水)に設定していた。ところが天気予報が悪くなり、9/2(月)に変更した。参加者は5人。70代前半が2人、60代が2人。いずれも女性。後期高齢者は、男の私一人。
2019年9月1日日曜日
ほろびた「まほろば」の芽を残す意思
宮部みゆき『この世の春』(新潮社、2017年)を読み終わる。(上)(下)二巻。時代物なのだが、これまでの時代物にみられたファンタジックな物語というのではない切実さがこめられている。人間宮部が、自らの裡側へ水鉛を下ろし、自らの中の濁って疎ましいものを抉り出して始末をつけようとしているように感じた。
2019年8月31日土曜日
プランニングと心の習慣
山の会の山行計画は、半年単位で立てて、皆さんにお知らせしてきた。月例は基本、水曜日とも決めた。立案前の山行時に、どんな山に登りたいかとも聞く。こんな山を考えているとも話す。こうして、ふた月前の泊りの山行の折に半年間の計画をまとめて提示する。会の皆さんは、それに合わせて、その後半年の暮らしの計画をはめ込んでいく、というふうに。
2019年8月30日金曜日
苦しみを楽しむ
昨日「槍ヶ岳・表銀座縦走」の山行記録を書きあげ、今朝、それに写真をつけ、pdfにして山の会の人たちに送った。全部で18ページという大部になった。
送り終えてTVをつけると、NHK-BS1で「奇跡のレッスン 陸上長距離」をやっていた。イタリアから来た世界的な長距離走のコーチが、東京の中学の駅伝ランナーを一週間指導した記録だ。陸上の長距離は、登山に似ている。ランニングの姿勢は歩行技術だ。もっぱら遅筋を上手に配分して使い、急登や岩場などでは速筋も必要になる。なにより、他の人と(順位を)競うというよりも自分との闘いがモンダイというう向き合い方が一緒だと思う。
2019年8月29日木曜日
槍ヶ岳・表銀座縦走(5)俗世界への結界を抜け、休養態勢に入る
第四日目(8/22)に槍ヶ岳山荘から徳澤園まで歩いた行程は、21km余であった。私のスマホの歩数は39000歩余。下った標高差は1500mほど。ひとつ面白いことに気づいた。
2019年8月28日水曜日
槍ヶ岳・表銀座縦走(4)まず満点の山行であった
夜中に目を覚ますと、大雨が降っているような音がしていた。まいったなあ、穂先はあきらめるしかないか。4時に起床。外へ出てみる。雨粒が大きい。一応皆さんには「小降りになれば穂先に登ります。朝食前に登ってくる場合もあります。その心づもりをしておいてください」と伝えて、下山時の荷物のパッキングをしてもらった。ysdさんが「筋肉痛がひどいので、穂先へは遠慮したい」という。3人でも登ろう。そう思いつつ5時前、外へ出てみると、霧は深いが雨はやみ、風も少し穏やかになっている。
槍ヶ岳・表銀座縦走(3)時代が変わるが、人は変わらずか
朝食は5時から。4時に起床し、準備を整える。東の空には高さ4000mほどのところに雲がたなびき、常念岳に連なる山のシルエットと上空の雲のあいだが明るくなる。5時13分、朝陽がそこから顔を出す。濡れた衣類や雨具などは生乾きだった。この小屋は、お弁当はつくらない。槍ヶ岳山荘へは行程で4時間、槍沢小屋へ下っても3時間という短時間で着くからだ。今日の私たちは、4時間というコースタイムが気分を軽くしている。関西からの人たちは朝食もとらず、4時ころに出発したと聞いた。
2019年8月27日火曜日
槍ヶ岳・表銀座縦走(2)花に彩られた大岩の堆積した喜作新道
登る前の天気予報「燕岳のてんきとくらす」では、8/19は曇りのち雨であった。午後3時ころから雨という予報は、夏の山の天気としては当たり前といえば当たり前、いわば夕立のようなもの。では、縦走にかかってのそれはどうか。「てんきとくらす」では三日間は「A」、つまり「適」だったのである。徳澤から上高地に出る最終日がまた、雨になるか。でも、ほぼ平地を歩くようなものだから、残った疲れはあろうが、気分よく、この山行を終えることができると算段していた。
槍ヶ岳・表銀座縦走(1)いざ、合戦に
穂高駅は閑散としていた。松本で特急あずさから乗り換えた大糸線の普通電車だからだろうか、ザックを担いだ人は私たち以外にいなかったようであった。タクシーは、私たちが予約した一台だけ。すぐに20km余の中房温泉登山口に向け出発した。今朝早くにも登山者を運んだ、今日は二度目だと運転手はご機嫌だ。早朝組は、車を穂高駅付近において北アルプスを縦走し、上高地へ下山後にここに戻ってきて帰途につくいう。
2019年8月25日日曜日
文化の細いきずなとナショナリズム
大澤真幸が「想像の共同体」を梃子にまとめたナショナリズムの五点の特徴をもとに、さらに踏み込んで話をすすめていきたい。
① 「知らない者同士」が国民である。
② ネーションは「限られたもの」である。
③ 共同体を構成するメンバーの平等性
④ ネーションは「客観的には新しいのに主観的には古い」というねじれをもつ
⑤ ネーションは基本的には文化的な共同体だが、政治的に自立した共同体でありたいと強い欲求を持つ。
①が「国民」という一体感のベースになるのは、「俗語/口語」の共通性だと前(8/11)に述べた。それは同時に、「共通性」をもたないものを②として排除するモメントをもつ。つまり、②のモメントが発生することによって①が保たれているともいえる。
2019年8月23日金曜日
雨の中の槍ヶ岳
先ほど、5日ぶりに山から帰ってきた。いわゆる表銀座コースをたどって槍ヶ岳を目指素コース。帰るなり「どうして天気のいい日に行かないのよ」とカミサンにいわれた。ひと月も前に山小屋は予約した。台風が来るというのでハラハラしながら見ていたが、四国に上陸して大きく北に回り込んでくれたから、行く前々日まで「槍ヶ岳のてんきとくらす」は、初日を除いて「A」が3日続いていた。徳澤から帰宅する日に天気が崩れるが、ま、雨の小梨平もいいかもしれないと思っていた。ところが、出発当日に「てんきとくらす」をみると、全日「C」になっている。「登山不適」の表示だ。そして予報通り、毎日雨と霧と強風の中を歩いて槍ヶ岳の穂先にも到達し、先ほど帰宅したというわけ。
2019年8月19日月曜日
一つの画期
いまから山へ出かける。山の会の人たちと一緒に、表銀座縦走の槍ヶ岳、4泊5日。ずいぶん余裕の日程を組んだ。何しろ後期高齢者二人と60歳代二人だ。十数人いる山の会の人たちも、着いてくることができなくなった。順調に年をとっているからだが、寄る年波には勝てないと思い込む「壁」が立ちはだかっているように思う。むろんそれはそれで、悪いことではない。身体の調子と心のレベルが見合っていると、事故は少ない。自己判断して参加するのを原則としているから、ほかの方々を頼りにしないのが、いいありようだと私は考えている。
2019年8月18日日曜日
目に見えない自然とわたし
デイビッド・モンゴメリー&アン・ビクシー『土と内臓――微生物がつくる世界』(片岡夏美訳、築地書館、2016年)を読んで、この本はタイトルで失敗していると思った。「土と内臓」では、まるで専門家に読ませるための本のようだ。この本の原題は「The Hidden Half of Nature」、直訳すると「隠された自然の半面」である。だが読み終わって私が抱いた感触は「目に見えない自然の不思議とわたし」。
2019年8月17日土曜日
霧ヶ峰の天気
一昨日から霧ヶ峰に行ってきた。台風が来ていることもあってか、15日は強い風が吹き、深い霧に山は閉ざされていた。大人二家族4人、子ども3人。いとこ同士。だが「子ども」という小学生は、もう一人になった。あとは中学生と高校生が一人ずつ。舞台回しは、無邪気な小学生だけ。中学生と高校生は、親や爺婆に付き合っているだけ。
2019年8月15日木曜日
何が面白いのか、不思議
一昨日から息子一家が来て、にぎやか。応接するカミサンはたいへんだが、私はそばを打つくらいしかできないから、くたびれるわけではない。
昨日は、娘の案内で、どこかへ遊びに行くという。前もって私も案内を受けたが、この暑いのに出歩くのはねえと、カミサンに最初は断った。「でもねえ、孫を連れてくるから行かないと会えないわよ」と諭されて、どんなところで遊ぶのだろうと好奇心を掻き立てて、足を運んだ。総勢9人。
2019年8月13日火曜日
「想像の共同体」(3)揺らぐネーション
さらに踏み込んで、大澤真幸が「想像の共同体」を梃子にまとめたナショナリズムの五点の特徴をもとに話をすすめていきたい。
① 「知らない者同士」が国民である。
② ネーションは「限られたもの」である。
③ 共同体を構成するメンバーの平等性
④ ネーションは「客観的には新しいのに主観的には古い」というねじれをもつ
⑤ ネーションは基本的には文化的な共同体だが、政治的に自立した共同体でありたいと強い欲求を持つ。
わが裡なるネーションの萌芽は「おくに」にあった。私は香川生まれの岡山育ちということもあって、甲子園の試合に注目するときは、自ずとその両県の代表に目が行っていた。結婚してからはそれにカミサンの生まれ故郷の県が加わったが、学生時代を過ごした東京やいま在住している埼玉県のそれには、ほとんど思い入れる関心を持たなかった。なぜだろう。「ふるさと」という思いがあったからではないかと考えている。東京や埼玉はまるごと私の意識世界であった。いつ知らず身に刻んだ世界「①」は、己の感性や感覚、価値意識の根拠を問うて自画像を描こうとするときの、「原点」を構成している。「なつかしさ」もふくめて、それが私のネーションの「原点」でもあると思う。
2019年8月12日月曜日
わが裡なるナショナリズム
大澤真幸が「想像の共同体」を梃子にまとめたナショナリズムの五点の特徴をもとに話をすすめていきたい。
① 「知らない者同士」が国民である。
② ネーションは「限られたもの」である。
③ 共同体を構成するメンバーの平等性
④ ネーションは「客観的には新しいのに主観的には古い」というねじれをもつ
⑤ ネーションは基本的には文化的な共同体だが、政治的に自立した共同体でありたいと強い欲求を持つ。
山の日
今日が山の日だということを、夕方ニュースを見るまで気づかなかった。山の会の主宰者として恥ずかしいって? ないない、そんなことはありません。山の日は、ふだん山に行かない人とか、山は遠くにありて眺めるものという人たちのために設けられたもの。ま、一年に一度のこの日くらいは、山を空けて差し上げるってのが、山人にはふさわしい態度ってことよ。
2019年8月10日土曜日
空間と時間のナショナリズム
大澤真幸「ナショナリズムの取り扱い方」(『支配の構造』SB新書、2019年所収)が面白い指摘をしている。ベネディクト・アンダーソン「想像の共同体」(増補・改定を加え2006年に定本)を参照して「国家とメディア――世論はいかに操られているか」を主題に考察するエクリチュール・シンポジュウムをまとめたものの一章。面白いと思ったのは、大澤真幸がピックアップした次の二点。
2019年8月9日金曜日
知らないこと気づかないこと
日韓関係の桎梏の発端になっている「徴用工問題」に関して、先日橋下徹(大阪市長)の指摘(日韓条約の締結の際に日韓併合に関する合法不法について明確にしなかったこと)に触れた。その指摘は、韓国最高裁の判決文を読もうとも思わなかった私自身の現在に、気づかされた。そのことに関して、倉西雅子(政治学者)が、日韓条約締結に伴って取り交わされた「日韓請求権協定」へのアメリカの介入に触れていて、《アメリカが「徴用工問題」の解決を国際司法の場に委ねるように説得すべき》と指摘している。それはそれで重要なポイントだと思った。
2019年8月8日木曜日
酷暑の白馬、「あずさ」も熱気に満ちていた
三日間、白馬を遊んできました。私のカミサンの師匠筋で、植物や鳥や昆虫の自然観察を案内しながら白馬でペンションを経営なさっている方がいて、そこへ鳥の達人や植物に関心の深い方々をともなってカミサンがコーディネートするツアー。私は退職した16年前の春にそのペンションを訪れ、雪の中の鳥たちをたっぷりと見せていただき、ああ、こういう世界があるのだと感心したものでした。その後、ときどきカミサンのお供をして足を運び、白馬を根城に、新潟や上高地近辺にも足を運んで、自然観察の愉しみを味わわせてもらってきました。
2019年8月5日月曜日
複雑化する状況把握
日米韓外相会談が行われ、韓国外相が発表したことと日本の外相がコメントしたことが食い違う。アメリカの外相がどう反応したかということがに受け止め方の違いがあるのを、私ら外野は、ふむふむと聞いている。日本の外務省は、韓国大使館に抗議したりしているらしいが、それは言葉になったことにはどんなことでもとりあえず文句だけはあるよと言っておこうという振る舞いだろう。あるいはロシアとの北方領土交渉の「気配」について、河野外務大臣はわりと率直に「交渉中のことですからコメントできません」と発言するから、それが信頼感を醸し出すが、木で鼻をくくったようなロシア首脳の領土に関する発言を聞くと、安倍首相の(領土返還にかかわる見通しの)ことばは何を根拠にしているのだろうと、不信感を間違いなくいや増しに増す。
2019年8月4日日曜日
向こうさんの論理的正当性
先日BS-TBSで橋下徹(元大阪市長)が「弁護士として……」と前置きしながら、いま問題の日韓関係で懸案の「徴用工問題」に対する見立てを述べていて、おやっ、と思った。基本的には、「相手には相手の立論の合理性があることを、弁護士は見極めて、その相手の論理を崩すような反証をしなければならない」と、職業上の(対立する相手との)向き合い方を説いたうえで、二点指摘していた。
2019年8月3日土曜日
未来のミライ
昨日、ブラジルへ帰る姪っ子親子を見送りに成田空港に行った。1年何か月ぶりに、子ども二人を連れて岡山の実家に帰国し、一カ月ほどの滞在で(ご亭主の仕事先である)ブラジルに戻る途次であった。健康診断などの所用があって帰国したものであるが、母親一人で小さな子ども二人を連れて遠路を往復する荒業をやってのける肝っ玉に、感心する。なにしろ、7歳と2歳の姉妹。お姉ちゃんはもう十分ことばでやりとりができて母親の手助けもできるが、妹の方は、天真爛漫、気随気ままに振舞い放題。目が離せない。
2019年8月2日金曜日
疲れ具合がわからない
一昨々日山から帰ってきて、その日に同行した方から「無事帰宅」のメールがあった。その文面に、「お疲れ様」とあり、そうだ、疲れたのだろうかとわが身を振り返る。疲れたかどうかが、わからなくなっている。同行者の一人は帰る電車の中で、「いや、よく歩いた。全部力を使った感じ」と、おおよそ2万8千歩の三日目の歩行の感想を述べた。標高差1500mほどを上り下りした。まして後期高齢者である。それは率直な感想であったろう。
2019年8月1日木曜日
見事なお花に迎えられた白山(2)
3日目(7/30)、朝食はお弁当にしてもらっている。山頂の日の出は5時だから、4時半ころに登り始めれば空いているよと、前日kwrさんが宿の人に聞いていた。4時に起床、4時45分には歩き始めた。先ほどまで見えていた御前峰は左から押し寄せてくる雲に覆われ始めた。雲霧の足が速い。寒くはない。道は「奥宮への参道」らしく石畳を敷いたように、しっかりしている。ハイマツが寄せてくる中を歩く。少し登ると左、西の方へ分岐がある。ここへ帰りは戻ってくると話す。薄暗い中にクルマユリが9輪群れている。シナノキンバイが蕾と花と落花を取り混ぜて群れている。つまり、春から秋への季節が一気に来るから、季節が凝縮されて植物に現れているのであろう。リンドウの仲間がやはり群れを成している。イワツメクサが岩の隙間から迫り出すようにたくさんの花をつけている。
2019年7月31日水曜日
見事なお花畑に迎えられた白山(1)
二泊三日で、白山へ行ってきました。梅雨明け直前の雨の中、家を出て、暑い陽ざしの福井駅へ降り立ったのは12時少し前。京都を経めぐってくる方とレンタカー屋で合流し、まず、永平寺へ向かう。寺域の外れにある蕎麦屋で腹ごなしをする。おろしそばを食べたが、私が(習いはじめのころ)下手に打った時のそばに似て、やわらかく、ぶつ切り。建てつけは年代物らしく、木の切り株を椅子にしていた。
2019年7月28日日曜日
魔の山という超常現象の謎
ドニー・アイカー『死に山――世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の深層』(河出書房新社、2018年。原題はDead Mountain)を読んだ。書名の「副題」に魅かれた。映像作家のルポルタージュだ。1959年、ソ連のウラル山脈北部の雪山へトレッキングに出た青年たちが遭難した出来事が「ディアトロフ峠事件」だ。
2019年7月27日土曜日
団地コミュニティの異変
明日から山に入るので、このところ準備に忙しない。といっても、用具の準備ではない。歯医者に行ったり、留守中の用件を片付けたり、要するに身の回りの始末をそれなりにしておくというのである。昨日歯医者に行こうと外へ出たら、団地の方から「今朝方、何かあったのですか?」と訊かれた。理事長を務めて以来、顔見知りが増え、このように声を掛けられることが多くなった。
2019年7月26日金曜日
年寄りは障碍者だ
今日(7/26)、ストレッチの運動の後、ご近所の方々と月例の飲み会があった。商社や外務省や国内企業の退職者などが公民館でやっている会を軸に、月一回、飲み会をやろうというちゃらんぽらんな集まり。その時ふと誰かが、「やまゆり園3年」といったことから、話しがはじまった。はじまりは、被告の彼が「障碍者はいらない」という意見を変えていないこちであった。話は拡散しほかの話題に転じているうちにやはり誰かが、(今の時代は)年寄りを大事にしないと言ったことから、一挙に話題が収束した。
2019年7月25日木曜日
孤独と孤立の分別
森博嗣『孤独の価値』(幻冬舎新書、2014年)が図書館の書架にあり、目を通した。森博嗣はミステリー作家。20年くらい前だろうか、彼の作品が目に止まり読んだことがある。どちらかというとトリックに工夫を凝らしたもので、社会観や人間観はあまり匂わない。機能的というか、メカニカルな感触の作品だったので、以後手に取ることはなかった。ただ、国立大学の工学部教授をしているという身分がなんとなく気にかかり、名前を憶えていた。その彼のエッセイ。すでに退職しているというから、還暦退職をしたのであろう。結構なことだ。
2019年7月24日水曜日
ボヘミアンとしての人生
第二期も第8回を迎えた(7/20の)Seminarのことを報告しておきたい。講師はfmnさん、お題は「人生に寄り添ってくれたメロディ」。 当初私は、「懐メロ」と思った。だから、以下のような「案内」を記した。
《……でも、懐かしのメロディとなるかどうかは、語り手と聴き手の醸し出すハーモニーがもたらすこと。/「人生に寄り添う」ってことは、懐かしいことばかりではありません。恥ずかしいこともあり、厳しいこともあり、思い出すだに臍を噛むほど悔しいこともあります。/ただ年を取ると、たいていのことが遠景に霞んで、♫あとはおぼろ~、あとはおぼろ~♫ と気まずかったことが記憶から薄れて、懐かしく思えてしまうものです。/リタイアしてからバイオリンの演奏に挑戦しているfmnさんが、寄り添ったメロディに沿いながら彼の人生を語りだすのだとしたら、これまた、なかなか興味深いものです。伴奏付きで、人生の転機を迎える。面白そうですね。聴き手もまた、自分の人生の転機に伴奏してくれたメロディってなんだろうと思いを馳せることが出来ます。ぜひ、お運びください。》
2019年7月23日火曜日
石垣島探鳥見聞録(2)石垣島の守り人
7/13に記して以来いろいろとあって、石垣島の探鳥記録が尻切れトンボになっている。ブロンズトキとオニカッコウのことしか記していない。Mさんの案内は、ほとんど石垣島の全域を面で覆うように知り尽くしているからできることと思われた。また、それだからこそ、四季に渡る鳥の生態にも通暁しているといえる。そのいくつかを書いておきたい。
2019年7月22日月曜日
正面からモンダイに向き合う
7/20(朝日新聞)の立岩真也の「やまゆり園事件から3年」にまつわる「読書欄」の論述が、まことに真摯で面白い。3年前に置きた相模原市の障碍者施設で46人が殺傷される事件が起こってから、「生きる価値がある/ない」というモンダイにどう向き合うのか、突きつけられてきていると、率直に受け止めている。
2019年7月21日日曜日
さあ、そろそろ梅雨明けて、夏山か
昨日はSeminarがあり、午後はお出かけ。帰宅するころ軽く雨になる。ヨーロッパ人なら傘などささずに濡れて歩くに違いないと思いながら、手持ちの携帯傘をかざして駅からの道を心地よく辿る。Seminar後の会食で一杯やったのが利いて来て、家に着くとすぐ風呂に入って横になりたかったのに、録画したアニメを見ているうちについつい見入って、床に就いたのは夜11時ころになってしまった。
2019年7月19日金曜日
何を求めているか
昨日(7/18)は「ささらほうさら」の月例会。今日の講師はosmさん。定年ののちに、安上がりの人材登用という身分変更を受け容れて、相変わらず大学の教師をしている。その大学院での講座のひとつに、「教育実践研究」というのがあり、現場で仕事をしている人を対象にして十数人の受講生で週末と休日に開講する。近頃はインターネットで結んで、モニターで顔をみながら全国各地から参加できるとあって、学部を卒業した人ばかりか、保育士、幼稚園、小中高校の教諭や看護学校の教師や地方公共団体の職員なども参加している。つまり、色とりどりの現場にいる方々が「専門的な知識を高めたい」とか「臨床的な力をつけたい」とか、「今の現場がこれでいいとは思えない」という目的や動機で授業料を支払い、やって来る。しかし、小学校での教諭や管理職体験もあるosmさんにとっても、どう(参加者に通有する)共通軸となるテーマをたて、どう展開し、「課題レポート」をどのように提示したらいいものか、思案投げ首の状態だと話が進む。
2019年7月18日木曜日
身の裡の他者
井上荒野『ほろびぬ姫』(新潮社、2013年)は、仕立てが面白い。
「あなたはあなたが連れてきた」とはじまるこの作品、最後まであなたと「あなた」が併存し、「わたし」のなかの葛藤となる。あなたは「わたし」の夫。もうひとりの「あなた」は夫の双子の弟という想定。あなたがなぜ「あなた」を連れてきたのか、だんだんとわかってくる。だが、「あなた」がどこで何をしている何者なのかは、わからない。ここでは、あなたと「あなた」と括弧でくくって分別したが、作品中ではすべて、括弧抜きで記されているから、なんだこれは? ととまどいながら読みすすめる。
2019年7月17日水曜日
曇りって、こういうことだったのね
昨日今日と、泊りで奥日光の山を歩いてきた。このところしっかり梅雨らしい日々がつづいて、山歩きが遠ざかる。曇りならばいいじゃないと、降水確率が低いところを探した。だいぶ移り変わりが激しくて、晴れ間も見えて降水確率が80%というのもある。降水確率が30%の降水量が0mmならば、文句言うことないじゃないかと、中禅寺湖南岸の黒檜岳と社山を縦走するコースを考えた。昭文社の地図では「難路」とか「上級者向」と記され、ルートは破線で示されている。千手が浜から歌が浜までのコースタイムも、8時間余。kwrさんは「黒檜岳から社山への稜線のコースは、どうしてこんなに3時間もかかるんだ?」と訊ねてきた。私は2011年の秋にこのルートを歩いているが、笹原とは記しているが、迷うとは書いていない。昭文社の地図でも、広い稜線沿いを外さないように辿れば、紆余曲折はあるが、社山へ行き着く、と思っていた。
2019年7月14日日曜日
掌を指すような神業
3泊4日で石垣島の探鳥に行ってきた。わずか4人を旅のコーディネータと現地案内人がガイドしてくれる。いうまでもなく私は、カミサンの「くっつきの尾」。ほかの方々はみなさんベテラン中のベテラン。Eさんは世界各地の鳥を観ていて、なおかつ尽きることのない鳥への関心をカメラに収めて回っている。コーディネートをしてくれたTさんは年に6回ほど石垣島や沖縄県にやってくる好事家。現地案内人のMさんは石垣島の隅から隅まで、ほとんど面積的にも余すところなく、いつも踏み歩き、どこになにがいつやってきて、雛がかえって三日目とか巣立ちをしたとうことを熟知しているバーダーであり、カメラマンであり、イラストレータであり、酪農家である。
2019年7月13日土曜日
処女作の示すモチーフ・トラウマ
処女作は作家の「本質」を表すとよく謂われます。ドン・ウィンズロウの処女作『ストリート・キッズ』(創元推理文庫、1993年)は、これまでに読んだこの作家の作品の中では、もっとも読み応えのある作品になっているとおもいました。第二作『仏陀の鏡……』で「活躍」する主人公の出自の由来も書き込まれていて、何より彼の行動モチーフがよくわかります。
2019年7月12日金曜日
突然の訃報が普通になった
ご無沙汰しました。昨日夜、石垣島から帰ってきました。
「ブログが更新されていませんが、お身体に問題ありませんか」とタイに住む友人から、メールが入ってきました。ブログの更新が「無事の知らせ」になっているのですね。気遣ってくださり、ありがたいことです。
2019年7月6日土曜日
2019年7月4日木曜日
絶対の正義と単純な動機
ドン・ウィンズロウ『失踪』(角川文庫、2015年)を読む。『犬の力』(2005年)の、単なる力の発動として繰り出される暴力性に、何のためらいも感じていない作家の内心の由来を覗いて見たいと思い、『仏陀の鏡への道』(1997年)を読み、ハードボイルドから出発した作家ではないと知った。だが子細な中国事情の書き込みに対して、あまりに単純な行動の「動機」に、呆れもした。これでは単なる、俺は(中国のことも)知っているぞという知識のひけらかしではないか。「犬の力」の最後に記した、この作家のモチーフ「わが魂を剣から解き放ちたまえ/わが愛を犬の力から解き放ちたまえ」はどうなったのか。そう思いながら読んだのが、今回の「失踪」。
2019年7月3日水曜日
団地コミュニティの社会学的考察
去年の2月から今年の5月末まで、おおよそ1年4カ月の間、私が住まう団地管理組合の理事長を務めてきた。それまで住いのことなど見向きもしないできた。9年に1回まわってくる理事のお役目も、私より年長者がいることをいいことに、わりと坦々と務めることのできる、広報などのパートタイム的役割を選んで担当してきた。月一回の理事会のやりとり事項を「広報」するというふうに、てぎわよく、もう一人居る担当者と分担して。だから、管理組合全体のお役目を鳥瞰しながら理事の動きをコントロールするという(理事長がしている)日常業務には、とんと関心もなければ、縁もなかった。団地は、自由放任的な都市生活の心地よいねぐらであった。一緒に理事を務めた方のことも、それが終わるとすぐに忘れた。
2019年7月2日火曜日
移民国家の優れた文化を垣間見る
フレデリック・ワイズマン監督『ニューヨーク公共図書館エクス・リブリス』(原題はEx-Libris The New York Public Libraly。2017年)を観た。3時間25分に及ぶドキュメンタリー映画。
2019年7月1日月曜日
1年前にも同じことを考えていた?
1年前の記事をみて、あれっ? 同じことを考えている、と思った。
ちょうど昨日、陸上の日本選手権男子200mでサニブラウンが100mにつづいて2勝目を挙げるかとTVは、はしゃいでいたことに関係する。サニブラウンが100mで日本記録を更新してから、彼に関するメディアの露出が多くなった。大坂なおみ、八村塁と、ハーフの人たちの活躍を「日本人の活躍」とはしゃぐメディアに、反発の声が出ていると東洋経済オンラインが伝えていた。曰く「サニブラは父親の血を受け継いでいるだけじゃん。自分の力じゃないんだよ。それを日本人の活躍なんて、笑わせるな」と。
2019年6月29日土曜日
外に写す妄念を振り払うやり方
作家というのは、取り上げたいテーマを横糸に、物語りの展開を縦糸にして、作品を書き上げる。もしテーマが前面に出てしまうと、まとまりのないエッセイを読むようになって、下手な論文にも及ばなくなる。ストーリーが急ぎ足になると、骨組みの構図ばかりが浮き彫りになって、薄っぺらな粗筋のスケッチを読むようになる。その両者がうまくかみ合うと、登場人物たちが独り歩きするようになって、読むものの胸の裡に広がる情景が起ちあがり、ひとや社会に対する深い奥行きが感じられて、ずっしりと響く読後感が残響を残す。
2019年6月28日金曜日
2019年6月27日木曜日
納得できる矛盾――上州武尊山
昨日(6/26)、今週最後の晴日というので、上州武尊山へ行った。朝6時に東浦和駅で一人拾い、関越道の高坂SAでkwrさんたちと待ち合わせ。予定通りの時刻に落ちあい、1台の車に乗って水上ICを降り、大穴スキー場あたりで湯桧曽川を渡って武尊神社へ向かう。武尊神社というのが、沼田の川場の方にもあって、naviに出ない。kwrさんは事前にアナログ地図を調べてきてくれていて、kwmさんがnavi役を務める。
2019年6月25日火曜日
一つひとつの、つれづれ草の片づけ
5月に管理組合の理事長を解任してもらって、いそいそとモンゴルの旅へ出かけ、その旅の記録をやっと一昨日(6/23)書き終えた。その都度アップした連載9回をひとまとめにして、二段組みにしたら20ページ余になった。400字詰め原稿用紙にすると80枚を少し超える。それを印刷して校正している。ついでにカミサンに目を通してもらって意見を加えてもらおうとしたら、読んだ後、旅のコーディネートをしてくれたngsさんに送った? と聞くから、「いや、まだ」と応えただけ。手直しのことを訊ねると、いやこれはこれでいいよ(あなたのおしゃべりなんだから)と応じて、それっきり。今朝、白馬に向かった。
カミサンがそちらを読んでいる間に、私は、先月解任された管理組合理事長の合間に書き綴ったことごとを、ひとまとめにしようと考えた。ブログの素原稿のファイルから抜き出して、「団地というコミュニティ」と題してひと綴りにする。
するとこれが、81ページになる。400字詰めの原稿用紙に直すと、320枚余。2018年2月の初めから2019年5月の26日まで。おおよそ1年4カ月の記録である。
その期間に私がブログに書いたものの総量でいうと、どれくらいになるか。調べてみると、その期間に書いたブログのページ総数は535ページ。そのうちの81ページだから、15.1%にしかならない。むろんそれには、理事会に提示した「議案書」や「討議資料」は含まれない。あるいは、傍聴した「前理事会」などの理事向けの「報告」なども入っていない。
ブログに乗せる関係もあって、ちょっとステップアウトして、管理組合理事会とか理事長仕事とか、その相互の関わり合いなどを外から見て、社会学風にというか、文化人類学的にというか、醒めてみている視線で書き記している。そういうわけだから、これはこれで、ちょっとした新書版くらいの分量にはなる。これも、暇に任せて校正し、プリントアウトして一冊にまとめ、遺品の書架に飾っておこうか。
モンゴルへの旅は、今回で3回。これまでの分を全部まとめてみてもいいかもしれない。そんなことを考えながら、遺品棚を考えている。
だれが読むの? とカミサンは冷たい。
いいんだよ、私の自画像なんだから、私自身が描いていたってことで。
生きた証なんて気取ってみても、「証」がだれにとって何のために必要かというと、だれも必要としていないことは、すぐにわかる。私の生きた証なんてものは、もうとっくに子どもや孫という存在として伝わっている。いまさら、名を残そうなんて考えてはいないし、残せる名もない。
思えば古来稀になって、もう七年になろうとしている。人生百年などと恐ろしい話を、目下の政界は大まじめに言っているが、元気なうちにころりと逝くのが一番、世のため、人のため。何より自分のため。
あとに何も残さないようにするってのも、いわば、ひとつの意思だ。それさえも捨てて、すべてを成り行きに任せる。何ともちゃらんぽらんの、いい加減な男がいたんだねえ。それもそれで悪くなかったようだねえ、とみてもらうのが、本意ではあるが、そのように目に止まること自体が、人為的な匂いがして、いやらしい。いや、生きていること自体が、いやらしい。
自然体というと聞こえはいいが、自然体は臭い。放っておくと、腐るし、ハエがたかる。「わたし」自身は旅立った後だから、その見栄えがどうであるかさえ、どうでもいいように思う。
ははは。そんなことを想いうかべながら、つれづれ草の片づけをしているのであります。
2019年6月23日日曜日
探鳥の奥行きの深さ(3)政治とも絡まる鳥の奥義
フルフ川のキャンプ場を出発した私たちは、バンディングを見に行くというのに、それとは違う方向へ車はすすみ、珍しくある針葉樹の森の方を抜けて、小高い丘を迂回していきました。聞くと、このキャンプ場のオーナーの爺さんが、その先にノガンがいたと情報をもたらしてくれたのだとか。ツグソーさんの人脈は、この辺りでも生きているようでした。4羽、2組のノガンが、草原に降り立ち、飛び去るのをばっちり観ることができました。
毒を以て毒を制す
若竹七海『殺人鬼がもう一人』(光文社、2019年)を読む。図書館に予約していた本が届いた。なぜ予約したのかは、いつもながら、わからない。いや、面白かった。
舞台は、都会近くの錆びれた街。そういえば、判決が出て収監しようと保釈中の被告宅を訪ねた役人たちに刃物を向けて逃走した男が、つかまったと今朝のTVが報道している。なんでも、暴行、傷害、覚せい剤使用など、ずいぶんと乱暴な男だったようだが、その逃走中の推定経路を聞くと、いくつかの隠れ家を持っていたという。持っていたのか、単なる空き家を隠れ家にしたのかは触れていないが、都会近くの錆びれた街には、そういう男もまた、寄り集まってくる。
2019年6月22日土曜日
探鳥の奥行きの深さ(2)鳥と共感性をもつという秘密
もう一人、sshさんと違った達人のたたずまいを見せてくれた方がいました。thさん。ご夫妻で半世紀以上にわたって石川県で活躍なさってきた方。鳥を軸に自然保護活動に取り組み、石川動物園でのトキの保護生育にもたずさわり、啓蒙活動も手広く行っているそうです。
tkさんは珍しい鳥を観たいという次元を通り越しているように感じました。すでに見るべきほどのことは見つくしてしまったうえで、モンゴルには人文地誌的な関心を向けているようでした。
たいていはご自分の関心の趣くままに動いています。ガイドの案内などに同調していないようにみえて、気が付くと傍らにいるというふうに、全体の動きを気にかけていて、その佇まいが何とも絶妙な感触を持っていました。白髪の彼が、鳥について語るのを聞いていると、それだけで説得力を持っているように響きます。良い歳を重ねてきているなと感心しました。
2019年6月21日金曜日
探鳥の奥行きの深さ(1)動態視力と目の付け所
さて、モンゴルへは鳥を観に行ったのでした。門前の小僧の私にとっては、鳥を観るよりも地誌的な関心が強く、前2回のモンゴルの南ゴビと東北部と違う、モンゴル東部の特徴をみてくるということに傾いていました。そういうわけで、今回の記述もそちらの方が先んじてしまいました。ですが、鳥を観る方にも大きな収穫がありました。鳥を観る奥行きの深さを感じたことです。
2019年6月19日水曜日
広範な取材力に感心
ドン・ウィンズロウ『仏陀の鏡への道』(創元推理文庫、1997年)を読む。『犬の力』を読んで、どこまで「のびしろ」があるのか気になったから。読んでよかった。ただのハードボイルド好みの作家ではなかったと思ったから。しかし人の動きを前にすすめる推進力に関するこの作家の「動機」は単純明快。表題の仏陀の鏡への道というほどの、深い洞察はない。こけおどしといえばこけおどし、めくらましといえばめくらまし。だが、中国事情について、これだけアメリカの作家が知悉しているというのは、驚きであった。「犬の力」のCIAとメキシコや中南米諸国への介入というかかわりが、あれほど迫真力をもって書き込まれていたのも、なるほどと思わせる。作家というのは、たとえ推理作家であれ、世界の情勢について十分すぎるほどの取材をしていなくちゃならないんだと、感嘆してしまった。でも、それだけのことではありました。
飛び込みの、面白い山――赤久縄山
当初6/19に予定していたのは袈裟丸山。5時半に家を出て、8時にわたらせ渓谷鉄道の沢入駅で待ち合わせて登山口へ向かうというものだが、行程のコースタイムが7時間45分とあって、参加者は3人しかいなかった。当日の天気予報が良くなかったので前日実施に変更したが、三日前になってkwmさんが体調を崩したと報せがあった。鬼の霍乱だ。
2019年6月17日月曜日
資源の宝庫、ニンジャの盛衰
モンゴル人口の半数ほどが集中するウランバートルは盆地だとngsmさんは説明する。北に標高1950mのチンゲルテイ・ハイルハーン山、南に2268mのボグド・ハーン山、東に2834mのバヤンツルク山を抱えた標高1500mほどの盆地。
2019年6月16日日曜日
揮発する宗教性と復権を求める精神性
モンゴルへはチベット仏教が伝わったと、いつの間にか私の頭に刻まれていた。でもチベットって、モンゴルとずいぶん離れているのに、どうしてと疑問というほどでもなく、思っていた。
去年5月に中国の東西に細長い甘粛省横断の旅をしたとき、チベットとモンゴルが隣接していたのだと気づいた。
ひとつは、敦煌方面へ向かう新幹線の窓の外が雪の銀世界になったこと。標高をみると3500mに近かった。「甘粛省にこんな標高の高い所があるんだ」と言ったら、あとでガイドが「それは青海省を通過していたときでしょう」と話してくれたこと。青海省もチベット族の居住地であったとずいぶん昔になるが、山歩きのときに教えられたことがある。
もうひとつは、張棭の街から丹霞と名づけられた山々へむかっていたとき、「蒙古→」と分岐の道路表示がされているのを目にしたこと。そのとき表示の「モンゴル」は、じつは内モンゴルだったのだが、モンゴルがチベット仏教の伝播し広まった地であるという知識が、腑に落ちるように実感できるようであった。モンゴル族や回族が甘粛省には先住者のように、たくさん住まわっていた。
2019年6月15日土曜日
令和元年夏の敗戦
金融庁の審議会報告書をめぐって、政府の対応が焦点になっている。モンゴルから帰ってみると財務大臣が報告書の「受取りを拒否」していて、なんだこれは、と溜めおいた新聞を一覧した。
既視感があった。
2019年6月14日金曜日
少子高齢化時代の過疎地の過ごし方
今回の旅は全行程、4台の車が列を連ねて草原を走り回った。3台は三菱のデリカ。1台だけトヨタのハリアー(ハリアーってチュウヒだよと、後で教わった。ワシタカの仲間なのだ)。いずれも四輪駆動で右ハンドル。モンゴルは右側通行だから、いわば「外車」である。このデリカはロシア向けにつくられた仕様になっているらしく、排気管が車の前部左側部につけられて車体より上を向いている。きくと、これで川の中を走ったりする必要からだとそうだ。一番深かったときは車の半分まで水に浸かって走ったと、ドライバーの話をバヤラさんが通訳してくれた。ロシア向け仕様と思ったのは、これらの車のほとんどがロシアから輸入した中古車のように聞いたからだが、じつはモンゴル向けだったかもしれない。
うろつく「わたし」
昨日は午後から定例の会合が予定されていた。その例会毎に刊行している「通信誌」を作成した。いつもなら、早めのお昼を済ませて、12時ころには家を出て浦和駅まで歩き、図書館や本屋をのぞいたりアウトドアショップで買い物をする。だが、たまたま友人に渡すものがあって、それを手にもって歩くのはちょっと重いなあと思ったので、電車で行くことにした。とすると図書館などには寄らないからゆっくり家を出ればよいと、お昼をゆっくり済ませてTVを見ていたら、出かけていたカミサンから珍しく電話がかかってきた。
2019年6月13日木曜日
自然に身を浸す暮らし方
6/3成田空港を14時40分発。ウランバートル着20時少し前。ほぼ定刻に出発し40分ほど遅れてに着いた。旅のコーディネートをしてくれたモンゴル人ガイド・バヤラさんが迎えてくれる。日本語の達者なこの方と埼玉県の野鳥観察の達者であるngsさんが逐一相談して企画を立ててくれた。今回は石川県の野鳥グループも6人参加して、これまでにない大勢のモンゴルの旅となった。埼玉から参加した鳥観の人たちも6人。大半の人が4回から7回もモンゴルを訪問している。私は3回目。
2019年6月12日水曜日
農業国に変わるか、モンゴル東南部
モンゴルの旅は、私にとって三度目。3年前(2016年)に南ゴビ、2年前(2017年)に東北部のチョイバルサン周辺、そして今回(2019年)がモンゴル東部地方。いずれもウランバートルを起点にして移動しています。今回は東南部地方の最南端、内モンゴルと接するあたりにまで足を延ばしました。前に2回には、ウランバートルとその近辺の探鳥地も訪ねているが、今回は滞在のほんのちょっとの間に宿の近くをみただけでした。
2019年6月11日火曜日
乾燥帯から梅雨の日本へ
ご無沙汰しました。昨日8日間の旅を終え、モンゴルから梅雨の日本へ帰ってきました。モンゴルもこのところ雨が多く、降雨を恵みと受け取るモンゴルの人たちも、さすがに「天気が悪い」というようになったとガイドは話していました。それでも平均湿度は40%前後くらいと低く、しっかり水を補給しておかないと身体が乾いてしまうようでした。成田に着いたときは、しかし、雨。電車を降りた時にはタクシー乗り場までの20mほどで濡れそぼるほどの大雨でした。でも身体は、なんとなくホッとしたのか、9時間以上も熟睡してしまいました。
2019年6月3日月曜日
職務遂行の力から解き放ちたまえ
久々に活劇物を読んだ。ドン・ウィンズロウ『犬の力(上)(下)』(角川文庫、2005年)、ハードボイルド・サスペンスとでも言おうか。でも、素材が大掛かりで生々しい。1970年代から2000年代前半までの30年余にわたる合衆国と中南米諸国の麻薬をめぐるマフィアと麻薬カルテルと取締当局と関係各地の警察や公安当局の絡んだ抗争。それに、米国の政治的・経済的中南米への介入政策とCIAの秘密工作や各国政府の思惑がまとわりつく。今ちょうど壁をつくることでクローズアップされているアメリカとメキシコの争っている現場。その両者の関係の、利害のかかわるいろいろなモメントがもつれて展開する。ちょうどその間、合衆国が中南米諸国に手を下していた左翼制圧の政治工作や破壊工作が(いかにもそれらしく)麻薬栽培に絡めて登場し、どこまでが本当でどこにフィクションが盛り込まれているのかが混沌としている、と感じられる。作劇の結構がきっちりしているとでも言おうか。ベトナム戦争の手練手管が、コロンビアやグアテマラ、ニカラグアなどを舞台に繰り広げられると、イラン・コントラ事件などが想い起こされ、ふむふむそういうこともあったなと心裡が落ち着かない。
2019年6月2日日曜日
行列のできる「自己承認」
昨日この欄で「何という冒険!」とエベレスト山頂の渋滞待ちを揶揄った。命がけの人たちを揶揄うなんて何と失礼な、とお叱りを受けるなと思った。まったく他人事、そんな行列のできる山にどうしていくのかねと人の不思議を呈することに留めて置くことにする。あの人たちは無事に下山できたのだろうか。続報は、ない。
2019年6月1日土曜日
何という冒険!
ニュースを見ていて、驚いた。エベレストの山頂付近で何百人もが列をなして、順番待ちをしている映像が流されている。まるでディズニーランドの人気催し並みだ。だがたぶん、(こりゃあ駄目だ、やめよう)と気軽に離脱することが出来る場所ではない。行くも地獄、帰るも地獄。待っているのが一番の地獄だ。
2019年5月31日金曜日
「わたし」というミステリー(3)「わたし」になる道程
ちょっと寄り道してしまいました。篠田節子『鏡の背面』(集英社、2018年)の物語に戻しましょう。虐待や自傷行為、アルコールや薬物中毒で普通の暮らしを送れない女性たちの避難所を営む主宰者が、死後、入れ替わっていたとわかって、その謎が解き明かされていく本書の話の運びは、「ひと」が何に拠って「わたし」と特定され、なにをもって他者からの「信頼」を得るのかを解き明かす過程でもあります。
2019年5月29日水曜日
「わたし」というミステリー(1)身の裡に降りる語り口
読書のコラボレーションというと、何のことだと思うかもしれないが、山へ行った往復の電車のなかや、団地総会の理事長として務める最後の準備にかかっている合間に読んだ本二冊が、私の意図したことではないのに、コラボレートしていると感じた。
ジェラルディン・ブルックス『古書の来歴(上)(下)』(RHブックス+プラス、2012年。原著はPEOPLE OF THE BOOK 2008年)と篠田節子『鏡の背面』(集英社、2018年)。前者をなぜ図書館に予約したのかは、覚えていない。後者はカミサンが予約して読み終わったので、私が目を通した。
2019年5月27日月曜日
無事下山した気分
昨日午後、無事、団地の通常総会が終わった。
「無事」と意識的に口にするのは、あまり私の本意ではない。やりとりがあってモンダイが浮き彫りになる方が、住民たちの受けとめ方の差異や齟齬が鮮明になる。その違いを解きほぐしていくことが、理事会の活動であり役割と考えているからだ。総会の出席者は、組合員のおおむね5割。ほかに4割が委任状を提出して欠席する。「出欠票」を提出しない住民は約1割。だが賃貸に出している住居やいろいろな事情で空室になっている居室が8%ほどあるから、未提出の数に近い。一概には言えないが、5割の出席者は団地に深い関心をもつ方々と言わねばならない。
2019年5月26日日曜日
わが身のセンサー
今日(5/26)の午後、わが団地の通常総会がある。一年間務めた理事長役も、総会が終われば解任となる。この一年で何が変わったか。団地をとらえる視線が変わったような気がする。いま私は、団地全体を一つの身体のように感じている。建物も住民も全部合わせて、循環器系が動き消化器系が働き、呼吸器系が作用している、と。
2019年5月24日金曜日
まるで開拓期の山? 箱根・白銀山
昨日(5/23)、好天の箱根湯本に足を運んだ。白銀山。目にした「山行記録」には、全行程6時間45分、道が不明瞭、藪山と記している。なるほど、国土地理院の地図にも登山道は山頂までしか記されていない。山頂には「←150m箱根ターンパイク」と、もうすっかり崩れて文字も読めないほどの板の標識が地面に置かれていた。
2019年5月22日水曜日
「役に立ちたい」は浮ついた自尊感情である
本欄4/19の「生きていくということ」で取り上げた「(4/18)の朝日新聞社会面の記事」の続報というか、追加記事が昨日(5/21)の夕刊に掲載されている。コラムの名は「取材考記」、記者は東京科学医療部の肩書を持つ小宮山亮磨氏。タイトルは「ある研究者の死・その後 彼女は役に立ちたがっていた」。
2019年5月21日火曜日
民間信仰には身の習いが詰まっている
聖観音堂の話をもう少し続ける。お堂のなかに閻魔様と奪衣婆と十王が安置されていることは、はじめに書いた。msokさんの十王の話が面白かった。十王は地獄の審判官。wikipediaは「人間をはじめとするすべての衆生は……」と書き始めている。とすると「衆生」というのは「生きとし生けるもの」という意味なのだ。私は、ガツンと頭を殴られたような気がした。そう言えば輪廻は、蟲にも仏にも生まれかわる。wikipediaが万物を一視同仁にみているとは思いもしなかった。
2019年5月20日月曜日
「身近に感じる」深さ
5/17に「どこまでさかのぼれるか」と、旧尾ヶ崎村の聖観音堂、「庚申塔・青面金剛」のことを記した。庚申塔や「いん師碑」と名づけられた石碑、半鐘に彫り込まれた銘文が、おおよそ300年程前以降の尾ヶ崎村に暮らす人々の気配がうかがえて、起ちあがるようであった。それが「吉宗のころよ」とか「飢饉があったあの天明ですよ」と謂われて、学校で学んだ「歴史」と結びつく。
2019年5月19日日曜日
先が見えると元気が出る
昨日(5/18)は隔月に行われるseminarの日。講師はmdrさん。お題は「日本語大丈夫ですか?」。英語を飯の種にして生きてきた講師が、日本語の来歴、現代人のことばは何時代まで通用するかなどなど、日本語にまつわるいろいろなモンダイを拾って、皆さんに問うというもの。つまり英語という外側から見た日本語を俎上に上げてみようという、トピックもの。「戦争に負けることは言葉にどういう影響を与えるのか」というモンダイにまで踏み込み、いかにも戦中生まれ戦後育ちの世代的面目躍如といった展開。seminar後の会食もあって、久しぶりにお酒をしこたま呑んでしまった。
2019年5月18日土曜日
どこまでさかのぼれるか
昨日(5/16)「ささらほうさら」の月例会。今回は、室内の教室ではなく現地に出向いて遺跡を探訪した。講師はmsokさん。今はさいたま市の岩槻区にある、旧尾ヶ崎村の聖観音堂。住宅が立ち並び始めた新興住宅街のはずれ。ほんの1kmほど先に埼玉スタジアムのドーム屋根が見える。かつての岩槻市からみると、越谷市と浦和市の端境にぐい~っと割り込んでいる最南西端。見沼田んぼの東、綾瀬川を水源とする田圃が、かつては広がっていた。さらに東には元荒川が流れをつくる。もっと古くまで目を遣ると、古東京湾の一角になろうか。msokさんの話によると、ほんの20年程前まで、この辺りは水田と萱の原であった、と。
2019年5月16日木曜日
いかにも丹沢設え――大室山・加入道山
藤野駅で拾ってもらって、道志の湯の先の登山口に向かう。陽ざしが降り注ぐ。「良かったねえ、晴れて」とkwrさん。昨日(5/15)のこと。予報では9時から12時までは「晴れ」だが、その前後は「曇り」。降水確率も30%と少し上がっていた。「いや、晴れてるというより、変わり方が早まったんじゃないかな」とことばを返す。8時50分には歩きはじめていた。
2019年5月14日火曜日
混沌を描き出す本
いま読んでいて、投げ出したいと思っている本がある。ウィリアム・ギャディス『JR』( 木原善彦訳、国書刊行会、2018年)。図書館から予約簿人間な届いていますというメールがあって、取りに行った。JRって何の本か? 副題をみると「FAMILY OF COMPANIES」と見たとき、えっ? 旧国鉄一家の本? と思っちゃったね。ま、アメリカの企業群とその資本をもつ人々の話ではあるのですが。
2019年5月13日月曜日
最後の理事会
昨日(5/12)、団地の理事長として最後の理事会を主宰した。あとは2週間後の通常総会を乗り切るだけ。「議案書」もすでに組合員に配布済み。配布したその日に、一般居住者から指摘のあった「事業報告と決算報告の数字の違い」も会計理事と関係理事に知らせ、チェックしてもらった。「事業報告」はその事業にかかわる「請求書」の通り。「決算報告」はその払込みにかかる「手数料」をふくめた金額であったために、違いが生じていた。「手数料」は別項目の支出にする方が良いかと問われ、いやそれは(違いが分かれば)現状で良いと判断し、これも理事会で承認した。いや何よりも驚いたのは、子細に「議案書」の数字を点検してくれる組合員がいるということだ。こうした組合員がいると会計理事もやりがいがあるだろうと思った。
2019年5月10日金曜日
すべてが目下進行中
齋藤了文『事故の哲学――ソーシャル・アクシデントと技術倫理』(講談社選書メチエ、2019年)を読んで、あらためて、このところ取り組んできた団地管理組合の「不具合対応」のことを考えている。
2019年5月9日木曜日
初夏、好天の堂平山・笠山
五月に入って、何とも安定しない天気が続くなか、「滅多にない好天の洗濯日和」とTVが報じる昨日(5/8)、洗濯物を放っておいて山へ向かった。奥武蔵の堂平山と笠山。kwrさんをチーフ・リーダーとする、月例の「日和見山歩」。
2019年5月7日火曜日
2019年5月6日月曜日
なぜ、正義面するのか
これで連休も終わる。たぶん、TVの令和騒ぎも収まろうから、ほっとする。そう思ってTVをつけたら、夕方の番組で、どこかの河川敷で釣りをしている人とか、畑を耕している人とかを、「それって、違法じゃないですか」と追いかけまわして、追及する番組を放映している。
河川敷を管理している国土交通省に訴え、ついに国土交通省は「立入禁止」の看板を設けたり、柵囲いを設えたりして、メディアに応えはしているが、それ以上に踏み込む人でもなければ、法的根拠もない。ま、適当にメディアに国有地管理者としての顔をみせて勘弁してくださいよと言っているようだ。
2019年5月5日日曜日
生きるエネルギーの源
角田光代『笹の舟で海をわたる』(毎日新聞社、2014年)を読む。図書館の「今日返却された本」の書架にあって目に止まった。この人の作品をいつか読んだ覚えがある。そう思ってこのブログを検索してみたら、 2015/7/18に「毎日がお祭りでは苦しくないか」で、角田光代『私の中の彼女』(新潮社、2013年)を読んだ感想を、印象深く記している。どんな話であったか、すっかり忘れている。
2019年5月3日金曜日
言語以前と言語以後の端境(4)日本人の自然観とその変容
昨日の「心覚えとして」記したことで、ひとつ思い浮かんだこと。民主主義社会における国民の分裂の典型が、韓国政府の、今の振る舞いではないか、と。徴用工の事件にせよ、慰安婦問題にせよ、前の政府が他の国と合意していたことを、こともなげに投げ捨てて、韓国民の苦しみと悲しみを理解しようとしない日本を非難するというのは、まさに韓国社会の分裂が極まっているからではないのか。つまり、政府が変われば、その政府の取り交わしていた「外交的な取り決め」は反故にして当然という振る舞いは、政権の継続性も正当性/正統性も、国民国家としてはもっていないことになる。まさにどのParty(部分)が政権をとったかということによって、揺れ動くポピュリズム・ゲームだ。
2019年5月2日木曜日
2019年5月1日水曜日
なんとない不安
山から下りた翌日、朝起きるときに太ももが張っているのに気づいた。珍しい。このところ筋肉痛になったことがなかった。疲れが出ないというよりも、回復しないから筋肉痛が出なくなっていたのだ。4月の山歩きあたりの効果が、出始めているのかもしれない。若返っているのだ。ふふふ。ほくそ笑んでいたら、昨日も軽くだが、痛みを感じる。恢復するのに時間がかかっているのだね。
2019年4月29日月曜日
球史に一勝を刻む
昨日(4/28)、先日予定し(雨模様に)延期していた大山・三峰山へ行ってきた。休日に山へ行くことは、仕事現役の方々の行楽を妨げることになると考え、長らく控えてきた。だが雨には勝てない。ところが電車に乗ってみると、座席は空いている。連休のせいか。新宿の乗り換えも雑踏というほどでない。小田急線の快速急行も座っていけた。本厚木につきバスに乗ったが、19日のウィークデーに同じバスの乗ったときは立っている人もいたのに、全員腰掛けている。何だか混むという私の思い込みがはぐらかされたようであった。埼京線の電車からくっきりと、雪のついた富士山が見える。昨日朝の大雨が白い化粧を施したようだ。その富士山宝永火口の右下方に、かたちのいい三角錐の山が黒っぽく姿を現している。大山だ。今日上る三峰山は、その東に位置している。
2019年4月27日土曜日
言語以前と言語以後の端境(3)「わたし」の意識と存在のゼロ・ポイント
さて本題に戻す。言語になる以前の茫漠たる混沌の海が、私の「おもい」の原点にある。外部からそこに突き刺さり、そこから出でてこそ「わたしのことば」として、私の輪郭をかたちづくると思える。だから、その混沌の海を「言語以前」として「世界」から切り離して捨ててしまう考え方に、未だにこだわっているのだ。
2019年4月26日金曜日
不順な天候、年寄りがごめん
昨日も今日も、雨が降り続いている。いつも晴天を良い天気と呼ぶのは、サラリーマン生活をしているとか山歩きを趣味とするとか傾きもあろうが、連休ともなると、遊びに行くのに、やはり晴天を好ましく思うのではなかろうか。そして、この十連休は晴天続きといわれていたのに、ここに来て、だいぶ怪しくなってきている。
2019年4月25日木曜日
言語以前と言語以後の端境(2)神からの自律
「世界は言語だよ」というのは、「言語にならないことは存在しない」という文脈で語られたのだったか。つまり、イメージも、混沌の海も、わからない何かがある/ないという表現も、そのような言語/言葉になることによって、「せかい」として存在しはじめる。空や無もまた、そのようにしてつくりだされてきた。
2019年4月24日水曜日
天気晴朗だったのに
このところ晴朗な天気が、つづいてきた。夏日になるとTVは大騒ぎしている。季節の進行が早くなっている。だが南の風とは言え、風が当たると、やはりまだ春だと思わせる涼やかさが吹き付けて、日向を歩いていても気持ちがいい。並木のハナミズキが真っ盛り。白と薄紅色の花をつけて、街路を彩っている。図書館によって雑誌に目を通し、さらに足を延ばして買い物をして2時間ほどを歩いた。
2019年4月22日月曜日
言語以前と言語以後の端境
もう40年以上も前になる。二人の友人とやり取りをしていて、「世界は言語だよ」と言われて絶句したことがあった。一人はフランスの現代哲学に通暁している方、もう一人は仏教に通じている方。そのとき何が話題になってそういう言葉が飛び出してきたのか、すっかり忘れているが、当時の私の経験的な「おもい」からすると、言語になる以前の茫漠たる混沌の海が私の胸中にあると感じていた。
2019年4月21日日曜日
伝えるということ
団地理事会の役割の一番大きいことは、やはり修繕である。2022年に竣工する予定で、給水管・給湯管の更新工事のプランニングに取りかかる。そのはじまりのところで、次の年度の理事会に引き継ぐ。修繕専門委員長は、修繕専門委員会で型どおり引き継ぐというのに懸念を覚えたのであろう。主たるメンバーで集まって、進展の現況と今後の進め方の立案していることを文書にし、齟齬がないように説明し、やりとりをした。約2時間。それが昨日のこと。
2019年4月20日土曜日
トレーニング山行の教訓――総合力
3月になって「トレーニング山行」を行っている。念頭に置いているのは8月の北アルプス表銀座縦走5日間。先日の山行記録にも記したが、トレーニングと言っても「鍛錬」ではない。後期高齢者という、この歳になって鍛えて、今より強くすることは望めない。筋肉もそう、呼吸器もそう、循環器も消化器も現状をそこそこ機能させるのが精一杯。だから、「現状」を意識する機会としてトレーニングをしている。
2019年4月19日金曜日
生きていくということ
昨日(4/18)の朝日新聞社会面の記事は、切ないものであった。「気鋭の研究者 努力の果てに」と見出しを付けた7段抜き。将来を嘱望された日本思想史の研究者が、経済的な苦境から抜け出そうと結婚し、しかしそれが破たんして、命を絶ったというもの。2年前、43歳であったという。
2019年4月18日木曜日
奥深いのに人気の山、丹沢三峰縦走路
一昨日(4/16)から一泊二日で丹沢山の縦横路を歩いてきた。この夏の表銀座縦走のトレーイング山行と名づけている。何しろいずれも後期高齢者に突入し間もなく喜寿を迎えようという年寄りが意欲を燃やす。だが意欲だけでは適わぬのが年を取り、わが身の始末が思うようにならないこと。トレーニングと名づけはしたが、若いころのように「鍛える」というのではない。わが身の現在をできるだけきちんとつかんで、身に合わせて歩き方や休み方、食べ方や飲み方を、そのときどきの気分に任せないようにしようという心がけの実地チェックである。
2019年4月15日月曜日
賑わいのサクラソウ公園
昨日(4/14)、珍しいことに、田島ヶ原のサクラソウ公園へ行った。珍しいというのは、今日からサクラソウ祭りが行われるからだ。ふだんは、こういうお祭りの日にサクラソウを見に行ったりはしない。しかしちょうど、遠方からの客人があった。そこへ昨年から東京に来て働いている姪っ子が合流する。カミサンがふだん自分のフィールドにしているサクラソウ公園を案内しようと思っても不思議ではない。たまたま祭りが重なっただけではあった。
2019年4月13日土曜日
間合い、距離、待つということ
朝ドラを観ていて気づいたこと。小さな娘が、同級生の家の開墾に手を貸してやってくれと爺ちゃんに頼む。爺ちゃんはムズカシイ顔をして応えない。翌朝の場面。爺ちゃんが一度その場所を見に行ってみようといい、すぐに場面が切り替わる。次の場面。同級生の家で手を貸すと話を切り出し、親が余計なことをと反発するやりとり。どこの視点から爺ちゃんが考えているかが説得的に展開する。そして次の場面。開墾に取りかかる人たちの姿。それらがほんの15分ほどの一話に盛り込まれている。
2019年4月12日金曜日
誤らない人は、何を護っているのか?
年度が変わって、わが団地のある契約の「重要事項説明」が行われた。国土交通省の住宅管理会社に対する「指導」は、子細にわたる。しかも、理事会に説明するだけでなく、管理組合の全戸に「重要事項説明書」を配布しなくてはならない。配布の許可を求めてきたのを断る理由はない。今年は、6月に行われる住宅管理会社との契約額が値上がりすることも、「説明」に含まれている。その案件の承認は5月下旬の定例総会。議案書はすでに印刷所へ入稿済み。
4月の理事会のときに管理会社の職員3人がやってきて、「説明」する。私は、例年行われていることだからと、配布された文書を見ないままにしていた。だが、総会議案書の最終校正になって、議題の「契約承認の件」に記載した金額と全戸配布の金額が違っていたりすると大事だと気になって、配布文書を見直した。ところが、配布文書は契約の「月額」を表示している。だが、総会議案書は「年額」で表示する。ということもあって、電卓を叩いて計算したから、単純なミスがわかった。住宅管理会社の提示した金額は、「窓口業務費」と「収納会計費」の項目を取り違えている。土曜日のことだ。
2019年4月10日水曜日
不作為の傾き
図書館の雑誌に掲載されたAI関連の記事だったのか、TVの報道番組だったのか、気になったこと。これが、どんな雑誌のだれが書いた記事か、どのTV局の番組だったか、すっかり忘れているのだが、ま、本筋に直接関係するわけではないので、このまま話をすすめる。
報道内容は、アメリカのある町で警察官の動きを効率化するためにAIを活用している、というもの。その町の居住区ごとに、そこに住む居住者の人種、年齢層、家庭、職業、収入、商店の種類、外灯の有無、交通機関の種類や頻度、などなどベーシックなビッグ・データにかぶせて、天候や気温、湿度などの自然条件の推移、逮捕歴、職務質問を受けた回数、犯罪の発生などなど、治安にかかわる諸々のデータを入力して「犯罪の発生予測」をAIにさせると、(今日のこの時間帯には)町のどこで犯罪が発生する可能性があるかを地図上に表示する。それに合わせてパトカーや警察間の配置を重点的に行うようにしたら、犯罪の発生が20%だか30%抑えられるようになった、というもの。つまり警察が、発生した犯罪の捜査や取り締まりをするのではなく、予防を行う態勢へ切り替わっていくという最新のアーキテクチャーを紹介していた。
2019年4月9日火曜日
死者の目線を仮構する
今日、4月9日は弟Jの命日。5年前(2014年)に亡くなった。もし存命であれば69歳。Jよりちょうど10年後に生まれた方が5月から天皇になるから、来年から、Jの生誕の日は天皇誕生日になり、祝日となる。なによそれって、と彼は彼岸で苦笑いしているに違いない。
2019年4月8日月曜日
啓示か予感か単なるこじつけか
ふと、思い出した。今日4月8日はお釈迦さんの誕生日、花まつり。子どものころ、近くのお大師堂へいって、甘茶をごちそうになった。キリストの生誕祭というような、知意識的な行事ではない。日常の風景のなかに溶け込んだ、緑の山の中腹にあったお大師堂の白壁が思い浮かぶ。お釈迦さんが何をどうなさった方かも知らず、ただあるがままの「われ」を包み込むような気配を、好ましく感じていたように、振り返って思う。いま思うと、あれが私の宗教的体験のひとつなのかもしれない。安心してわが身を委ねる心地。それは宗教的体験の原型と呼ぶようなことだったかもしれない。
気息をとらえる目撃録
朝井まかて『落陽』(祥伝社、2016年)を読む。図書館の書架に合ったものを、ふと手に取った。ちらちらとみると、明治末から大正期のことを書いているらしい。借りてきた。私の父母がいずれも明治末の生まれ。父は亡くなって34年、母は5年になる。母が亡くなってのちに、どんな時代を生きたのだろうかと関心を傾けはしたが、せいぜい大正デモクラシーとか大正教養主義といった概念的なことだけ、母の書き遺したものや生前の話などと噛みあうところを切りとって理解したような、半端な気分が、私の裡側のどこかに残っていた。それがこの作品を通して、見事に描き出されていると感じた。
2019年4月6日土曜日
権威に拠らない――その意気やよし
イチローが国民栄誉賞の受賞を断ったと報道があった。これで三度目だ。メディアは、なぜ受けないのだろうといくぶん不審な面持ちのようだが、私はイチローの一貫性を感じた。つい先月の3/23のこの欄にも書いたが、イチローの「人望がないという自己認識」こそ、「じぶん」を「せかい」に位置づけるセンスの起点である。国民栄誉賞を受けないというのも、その延長上に位置する当然の答えだと、私は受け止めている。
2019年4月5日金曜日
「自他の識別―排除」は生物の宿命
昨日(4/4)の朝日新聞に「キクイモの苗 自他を識別」という記事があった。東大農学部の助教が解明したもの。キクイモを栽培すると、同じ親イモから育てた苗は、違う親イモから育てた苗を「他人」と認知して、養分をめぐる争いで労力を費やすが、「自分」ならば喧嘩をせず蓄えに回す(=根っこのイモを太らせる)――というのだ。つまり、キクイモは「自他」の識別をして、他者を排除しようと力を尽くすということを解明した、という。
面白い。
2019年4月4日木曜日
季節の微細な変化が読み取れる里山
昨日(4/3)、北筑波の愛宕山―難台山―吾国山を縦走した。常磐線の岩間駅から歩き始め、水戸線の福原駅に到着するロングコース。じつは昨年の4/2に(2週間後の)下見に歩いている。昨年の本番は、雨のため中止。そこで今年は、満開であったカタクリをお見せしようと実施日を早めたわけ。
2019年4月2日火曜日
大行事が終わって、着陸態勢へ
先月末の30日(土)と31日(日)に、団地の2018年度理事会の大きな行事が終わった。団地駐車場の抽選会。毎年1回、3月末の日曜日におこなわれている。13人の理事が役割を分担して、受け付け、抽選、駐車場所の選定、それのパソコン入力、「駐車場利用契約書」の受領、その後に少し時間をおいて、契約車輛の一斉移動を行う。30日(土)は、理事が行うリハーサル。このときまでに行う準備も、事前審査などいろいろとあるが、通常担当者が住宅総合会社が派遣している事務職員とともに済ませている。.「契約書類」もじつは事前にあらかた整えておいて、抽選前に渡し、抽選後に、駐車場所を書き込んで、捺印して提出するだけにしてある。
2019年4月1日月曜日
無明
井筒俊彦の『意識の形而上学』(中公文庫、2001年。初出1993年)を読んでいて「無明」について次のように触れているところがあって、想い出すことがあった。
《一見、「真如」とは正反対の、いわゆる「無明(むみょう)」(=妄念)的事態も、存在論的には「真如」そのものにほかならないのだ。》
もう5、6年前になる。私がコーディネートしているseminarで、(そのころ)僧侶の修業をしていた女の方、Kさんに講師を務めていただいた。義母がなくなり、その葬儀の折に触れた浄土真宗の僧侶の話を聞いて弟子入りし、仏教修業をはじめたというその方が講師となって、「私の仏道修行」というお題でお話ししてもらった。その席上のやりとりが般若心経にいいおよび、私が「わけのわからない混沌の世界」という意味合いで「無明」という言葉を遣ったら、「それは(意味合いが)違う」と返され、では、どういう意味合い? と訊ねたら、どういったものか言いよどんで、そのままになってしまったことがあった。仏教世界ではどういう使い方をしているのだろうと、ずうっと気になっていた。それに対する回答を井筒のことばに見つけたと思った。
2019年3月30日土曜日
平成を象徴するコンビニ人間
小説を2冊読む。
一冊は、桐野夏生『バラカ』(集英社、2016年)。既読感がつきまとう。刊行されてから3年程になるからTVドラマにでもなったのを見ただろうかと思いながら読んだ。これといった感懐をともなわない。読み終わって、ひょっとしてと思って、古い記録をみたら、2016年7月4日のこのブログで「まったく他人事としての物語」と題して、書評まで書いている。読んだ、もう一冊と関係するから、その全文を再掲する。
2019年3月29日金曜日
2019年3月28日木曜日
山歩きにいい季節
山を歩いていて、暑くもなく寒くもなく、いい季節というものがあると思った。昨日(3/27)のこと。行程は7時間45分。標高差1116mを上り、1426mを下る。鷹ノ巣山1736mに東日原から登り、石尾根を下って奥多摩駅まで行くという行程。むかし雲取山に登ったとき、奥多摩駅まで下ったことがある。陽ざしを受け、東南に向かって広い尾根を下るのが快適であった思いが残る。でも後期高齢者としてはたぶんぎりぎりの行動時間。それもあって、「トレーニング山行」と名づけた。4人が参加。
2019年3月26日火曜日
あいだみつおか、ノー天気天声人語
今日(3/26)の天声人語は、お粗末。英語とロシア語の翻訳をする人工知能が「精神は尊い」を、「ウォッカはおいしい」と訳したことを糸口に、大阪市内地下鉄の自動翻訳の可笑しな間違いを取り上げる。そして「このニュース、どこかほっとする……。(人工知能が)いずれ人間の仕事を奪っていくのでは、ともささやかれる。おっちょこちょいの翻訳ソフトの頭をなでたくなる」ともっていく。
2019年3月25日月曜日
手違いで、手がけたファイルを消去してしまった
このところ、「5月総会の議案書」の制作にかかりきりだ。「第二稿」の校正が届けられて、土曜日の午前中に少し手直しした。午後から昭和大学でのseminarがあり、用意をして出かける。A4判のプリント25ページ分。戦中生まれ戦後育ちの後期高齢者の方々と、自分たちの過ごしてきた人生と重ねて、46歳から76歳までの時期。子育てがひと段落して後の、現場仕事でいうならば、責任を背負って一番活動していた時代が半分、リタイア後の60歳代から現在までの16年を「平成時代」として括れる。それをどう、わが身に引き寄せて特徴づけるかというテーマである。
2019年3月23日土曜日
人望がないという自己認識
イチローが引退した。読売系を除いてTVも新聞も、メディアは大騒ぎしている。でも、45歳。野球選手としては長持ちした方だ。「偉業」と呼ばれるいくつもの記録の金字塔を打ち立てたというのを記者たちは承知しているから、イチローのことばが謙遜に満ちていると受け取っている。引退後、プロ野球の監督にはならないのかという問いにイチローが「人望がないから……」と応えたのも、謙遜と受け止めたようだった。耳にした瞬間私は、これがイチローのスタンスだと感じた。だから、「人望がないという自己認識は、あなたの選手生活にどう影響したでしょうか」と訊きたいと思った。
2019年3月21日木曜日
春分の春の嵐
今日はお彼岸、春分の日。朝は雨であった。緩やかに天気は回復し、暖かい。恢復するにつれて、強い風が吹く。TVはサクラの開花予想で番組を飾る。部屋に風を通したくなるほど、気持ちがいい気温だ。
2019年3月20日水曜日
私の平成時代(8)すべてが一つになる「せかい」
あるとき、長く宇宙科学に携わってきた大学教授が退官に際して最後の授業を行ったのを観た。そのとき学生の一人が「では、ビッグバンが起こる前はどうだったのでしょう」と質問し、その教授が「わかりません。今の私たちからみると、時間は不可逆的に一方向に流れているけれども、それ以前はひょっとすると、時間が空間的な構成をとっていて可逆的どころか移動可能にも、可視的にもなっているかもしれない」と返したのが、印象的であった。教授は、たぶん、そういう関心を懐いてそれを解明するべく突き進むのが、次世代の研究者なんですよと言いたかったのであろう。
2019年3月19日火曜日
私の平成時代(7)「失われた」のはチャンス
平成時代は、1989年、文字通り時代を画するような世界的な大変動とともに始まった。
東西冷戦の終結である。「ベルリンの壁崩壊」に象徴される東ヨーロッパのワルシャワ体制の崩壊と、ゴルバチョフと父ブッシュによる「冷戦の終結宣言」であった。米ソ二大帝国体制の崩壊は、長く二項対立的に(それぞれに善悪の価値評価を伴いながら)諸問題を処理してきた集約点が消失したことでもあった。
2019年3月16日土曜日
私の平成時代(6)――環境管理型社会の構築へ
《ハイ、売名です。あなたも売名したら? みんな助かるよ》
これは、昨日(3/15)の「折々のことば」が引用した、杉良太郎のことば。引用者の鷲田清一は、こう続ける。
《15歳での刑務所慰問を皮切りに、国内外での福祉活動歴は60年になる。歌手になる前、知人のカレー店で無給で働いたのも、「見返り」を求めない人生の道を貫く覚悟を決めるため。東北の被災地で炊き出しのカレーを混ぜている時、リポーターに「それって売名ですか」と訊かれた。寒空の下、人々が並んで待っている。反論する時間も惜しかった。「週刊朝日」3月8日号から。》
「反論する時間が惜しい」というよりも、杉良太郎のことばは、善悪を越えているところが、すごい。「売名」という言葉は、行っている行為そのものとは「別の意図」つまり「悪意」があるという使い方をする。それを「あなたも売名したら?」と返したことで、「悪意」は、杉良太郎のモンダイではなく、問いかけたリポーターのモンダイでしょと、投げ返している。「反論する」という性質のやり取りではないから、鷲田清一がちょっと、ことばの深みをとらえ損ねているコメントだ。
2019年3月15日金曜日
トレーニングの赤鞍ヶ岳・菜畑山
晴天の3/13(水)、山の会の月例山行は、道志村の赤鞍ヶ岳・菜畑山。目下一番山にのめり込んでいるkwmさんが車を出してくれるというので、Yさんと私は中央線の藤野駅で拾ってもらうことにした。予定の時刻に合流、空は雲一つない晴天。空気は昨日と異なり、少しひんやりとしている。Yさんは2月の奥日光のスノーシューで初登場した、やっと還暦の若手。表銀座を歩いたりしているという山ガールだ。
2019年3月14日木曜日
やはり疲れた
昨日は道志村の盟主と言われる赤鞍ヶ岳と菜畑山に登ってきた。今朝、山行記録を書き落とそうとして、筆が進まない。ああ、くたびれてんだと思い、メールのやり取りや、今後の山行計画に気分を移す。理事長仕事に要請が入ってそちらを構い、空いている時間を使って、今日午後に予定されていた「ささらほうさら・無冠」のプリントアウトに手を出す。これも35号。あと一つで、3年間毎月の発行がつづいたことになる。A4判16ページ、まあ、毎月よく描き続けたものだと、我ながら思う。
2019年3月11日月曜日
わからないことだらけの「せかい」
今日は3月11日。東日本大地震からちょうど8年経った。まだ暮らしていたところに戻れない人たちがいるのに、フクシマから200kmほど離れているという隔たりが、もう記憶からもあの日のことを消し去りつつある。ほんとうにヒトって、バカだなと思う。思うが、これが私の自然だから、仕方がない。私は震災のことはすっかりわすれて、8日から昨日まで、関西へ行ってび惚けてきた。
2019年3月6日水曜日
断片で生きたいのにまるごとが追いかけてくる
イタリア映画『ナポリの隣人』(ジャンニ・アメリオ監督、2017年)をみた。イタリアは、アフリカ系やアラブ系の移民・難民が流れ込む、最初の寄留地。出自も由緒由来もわからない人たちが寄り集まり、男女が所帯を持ち、子を産んで育てる。むろん生粋のイタリア人もいるのだが、こうも雑然としてくると、人びとは近代的な市民として自律して生きていくほかない。そのときの人と人の「紐帯」は、法的な言語にかろうじて繋ぎ止められる。出自も由緒由来もかかわりがない、法的言語に翻訳され表現されることが、ひとの関係をつなぎとめている。それ以外は、「余計なこと」だ。
2019年3月5日火曜日
面倒はさっさと片付ける
昨日の話の続き。全戸配布の「ご報告」文書は、今日、手の空いている理事に来てもらって帳合し、封入して、明日配布してもらう準備ができた。もともと誰も来なくても、時間もあれば片づくとみていたが、理事13人のうち仕事をリタイアしている4人がやってきて、40分ほどで終わった。ありがたい。12月に配布した「積立金値上げ説明会」の資料作成があったから、要領を説明する必要もなく、世間話をしながらさかさかと片づけた。
2019年3月4日月曜日
なんだろう、このいい加減さ
昨日(3/3)は、月例の団地理事会。前日に準備を終えて「達成感に浸った」ようなことを書いたが、じつは、私はそれほど、この仕事に身を入れているつもりはない。ただ、取りかかるとほかのことが視野に入らなくなる。それは単に年を取って、身のこなしが自在にならなくなっただけのことだ。だが、日々傍らにいるカミサンからみると、ひたすら理事長仕事に打ち込んでいるように見えるのかもしれない。
2019年3月3日日曜日
私の平成時代(5)「不安」の中の「わたし」を生きる
2/28に記した「遠近法的消失点」で、思いついたことがあった。彼岸に視点を置き、そこから現在の生者の自分をみつめるというのは、「公平性」とか「平等性」に関係している。一神教の人々が「神の前に皆同じ」とみるように、日本列島に棲む私たちは(記紀神話に起源を置いてみると)、自然の遠近法的消失点である「彼岸」に視点を置いてわが身をみるとき、「皆同じ」という感懐を懐いたのではないか。
2019年3月2日土曜日
ゴールが見えてきた
昨日(3/1)は、明日の団地理事会の会議資料をつくるのに、大忙しだった。にしろ、5月の通常総会の「議案書」の素原稿を取りまとめるからだ。全体を見通すために、エクセルでページ割りをして、議案の標題をつける。「理事会活動報告」や「事業報告」など、担当者から送られてくる文書を、書式を整えてページを記す。
2019年2月28日木曜日
着実に年を感じる――赤鞍ヶ岳・菜畑山
昨日(2/27)、中央本線に沿うように、相模湖の南側から大月へと西に延びる山塊に並行するように走る道志山塊の赤鞍が岳(朝日山)と菜畑山に登ってきた。どこの本であったか、この赤鞍ヶ岳1299mを「道志山塊の東端に位置する盟主である」と記していた。しかし私が思うに、道志山塊には今倉山1470mや御正体山1681mがある。どうして赤鞍ヶ岳が「盟主」なのか、わからない。ただ、道志村役場は、この赤鞍ヶ岳を背にして位置している。また今倉山は都留市に属しているし、御正体山は道志村の西端、山頂を都留市と境を分けているから、「盟主」といわなかったのかもしれない。お膝元ならぬ、村の後背に位置する「ご神体」と考えると、まさに「盟主」である。
外部・他者を内蔵している
昨日(2/27)の朝、新聞の「文芸時評」を見て感ずるところがあったのだが、ちょうど山に出かけるところだったので、そのままにしておいた。歩いているうちにすっかり忘れ、今朝、ふと思い出してこれを記している。
2019年2月26日火曜日
私の平成時代(4)大正教養主義の崩壊へ
平成時代になって、社会の治安を保つ方法が大きく変わって来た。大雑把な分け方になるが、「昭和時代」は、社会学の用語によると、「規律訓練型」であった。教育を通じて、一人前の社会人としての振る舞い方を身につけていく、と考えられていた。学校教育がそれを担うと考えられていたのだが、私たち自身が子どもであった当時(昭和20年代~30年代)は、教養を身に着けることが人格的に己を高める道と考えられていたから、学校での知識教育が、すなわち、人間形成と同義語であった。いま振り返ると、これは、大正教養主義の名残であったのかもしれない。
2019年2月25日月曜日
無意識の「わたし」――「だてに年を取ってんじゃねえよ」
先日「メンドクサイという劣化」と書いた。今朝寝覚めに、「それは劣化か」と、どこからか声が聞こえた。「えっ? じゃあなんだ?」と「わたし」が反応したら、「それって無意識なんじゃないの」と半醒半睡の迷妄の中から返ってきたように思う。
2019年2月23日土曜日
メンドクサイという劣化
鷲田清一が「折々のことば」(2/23)で《そう「健常」が「障害」になっているのだ! 稲垣えみ子》を引いて、こう続けている。
《例えば老いて、「できない」ことだらけになってはじめて「できる」こともあるのに、人は「人生を否定される側」にまわらないかと怯え、「できない」ことをもぐら叩きのようになくそうとする。……》
つまり人は、「健常者」の側に身を置いて自らを測る。それが自らを追い詰めていくことになるというわけだ。「健常者の側に身を置く」というのは、若かりし頃の自らをスタンダードとしている。
2019年2月22日金曜日
春の気配の奥日光(2)ひねもすのたりの春の湖
翌日(2/20)、まだ暗い外の雪景色を見ながら朝風呂につかり、7時の朝食までに荷物を整理する。朝食のバイキングは、テーブルの半分くらいが空いている。冬のウィークデイとあって、お客が少ないのかもしれない。宿泊料金も、「誕生月割引」というのがあって、二人も該当者がいた。8時15分に宿を出発。Kさんと私は、スノーシューを車に積んで一足先に赤沼へ向かう。その途次、Kさんが指さす先の木の枝に、ノスリが止まっている。わりと大きな猛禽類。車を止めてシャッターを押す。
2019年2月21日木曜日
春の気配の奥日光(1)みぞれの山王峠道
19日―20日と奥日光へ行ってきた。恒例となっている山の会の2月スノーシュー合宿。湯元の休暇村に宿をとり、二つのコースを歩く。事前の天気予報は、60%の降水確率。麓の日光市は雨でも上は雪になると踏んで、今年は雪が少ないから歓迎だとタカをくくっていた。
2019年2月19日火曜日
私の平成時代(3)向き合う社会階層の違い
1989年に昭和が終わり、平成がはじまった。1月6日が、わが息子の20歳の誕生日であったのでよく覚えている。それと、もうひとつ。私は高校3年生の担任であった。卒業証書の準備は、12月からはじまる。卒業予定者の記名はしたが「昭和」がそのまま続くかどうかがわからないから、そこの部分を空白にして、のちに書き込めるようにおいた。それが「平成」になり、予測通りに書き込みができるようになったと、書道の教師が喜んでいたのが印象に残っている。
2019年2月18日月曜日
雲が晴れ、ゆめのなかへ~
一昨々日(2/14)は「ささらほうさら」の月例会。咽頭にがんが見つかり、放射線治療と抗がん剤の投与をしているnkさんは、まだ復帰していない。まだ現役の大学教師であるosmさんは、仕事が入って顔を出せない。今日の講師は、教育長まで務めたことのある元大学教師のkwrさん。お題は《『いじめ防止等のための基本的な方針』を読む》というもの。文科省の作成した「資料」を読み解いて、「いじめ」に対する教育関係者の思索を解読しようとする。
2019年2月16日土曜日
2019年2月14日木曜日
私の平成時代(2)変化は積み重なって、今に留まる
社会学者の大澤真幸は、戦後の「時代区分」として、25年毎に区切ってみせた。敗戦の1945年~1970年、その後の、~1995年、そして、~現在まで、と。エポックメイキングな、大きな出来事をかぶせて、その変化の特徴をとりだしている。私にとっては、まさにその時代の空気を吸ってきたこともあって、感触としては、異議はない。だがその区分は、大澤真幸の人生とは切り離された客観的な視線で見たものだ。なにより、この後のことについての時代の継続性について、引き続く「未来」という気分を漂わせている。だが私はすでに、後期高齢者。謝意快適な年齢区分というよりも、わが身の衰えを感じているから、わが身の区分としては「結末」が置かれている方が、似つかわしい。
2019年2月12日火曜日
私の平成時代(1)なぜ時代区分ができるか
間もなく「平成」が終わる。マスメディアは、その30年を振り返って「特集」を組んでいる。私はチラリと目を通すだけで、細かく読まない。
天皇制を国体と考えている人たちは「元号」を信奉して「画期」と考えているだろうが、国体としての天皇制は、敗戦とともに消滅した。百歩譲っても、昭和天皇の死とともに蒸発した。
だから「元号」は日本の文化的な遺産として意味を持つだけだ。天皇の「御代」を表す記号ではなくなっている。
2019年2月11日月曜日
2019年2月8日金曜日
すでに春の三浦半島
昨日(2/7)の日和見山歩(CL:myさん)は大楠山。三浦半島にある里山。逗子駅に集合してバスに乗る。私は横須賀線は鎌倉に行ったときだけ。その先の逗子にも葉山にも横須賀にも行ったことがない。山よりも、その土地がどんなところか、興味が湧く。家を出るのも7時半とずいぶんゆっくりだった。
2019年2月6日水曜日
愚民社会か選良の条件か(再掲)
4年半前に記したこの欄の記事が目に止まった。いまも思いが変わらないなあと、読み返して思った。再掲します。
何かの本を読んでいて、宮台真司×大塚英志『愚民社会』(太田出版、2011年)があるのを知った。図書館に予約しようと検索したら、小谷野敦『すばらしき愚民社会』(新潮文庫、2007年)もあったので、2冊とも予約して借りた。
2019年2月5日火曜日
なぜ武術を鍛えるのか
今野敏『武士マチムラ』(集英社、2017年)を読む。4年半ほど昔になるが、「2015/7/4」の、このブログで「いま日本のナイファンチはどうなっているか」と題して、今野敏『チャン ミーグヮー』(集英社、2014年)を取り上げた。ナイファンチとう沖縄の「手」と呼ばれる父子相伝の空手に似た武術だ。2015年にはそれを「体幹を整え、鍛える」と読み取った。体幹を鍛えもせずに、外面だけ取り繕おうとする「教育」に、笑止という思いを書きつけている。
2019年2月4日月曜日
文章を書くなら……
今朝(2/4)朝日新聞の「折々のことば」は強烈であった。
《おまえが絵を描くなら、文章を書くなら、このまちの住人になるなよ。距離をとれ。 陸前高田(岩手県)の写真館店主》
これにつけた鷲田清一エッセーの解説がつづく。
2019年2月3日日曜日
二つ目の山を越えた。よっこらしょっと。
きょう午前中は、定例理事会。理事の一人が亡くなったこともあって、黙禱からはじまったのですが、盛りだくさんの議題を手際よくこなし、かといって素通りすることなく、皆さんが口を挟むところは口を挟んでもらい、丁寧に協議すべきことはして充実した会議にった。全体で15分ほど終了時刻が伸びましたが、決めることは決めて、5月の着地点までが見通せるようになりました。
2019年2月2日土曜日
悼む
昨日、各階段の掲示板に「訃報」を掲出した。そのせいで、今日、逢う人ごとにNさんは気の毒だったと、悼む言葉を交わすことになった。若い女性理事の一人は、涙目になり言葉が出ない。私まで涙が出そうになり、ああ年をとったとわが身を振り返ることになった。でもそうして皆さんが若い彼のことを言の葉に乗せるのに応対していると、「訃報」を出してよかったと思う。
2019年2月1日金曜日
思いがけぬ知らせ
昨日のこと、夕食を済ませてテレビを見ていたとき、電話が入った。
「Nさんが事故で亡くなったと、いま、奥さまから電話がありました。どうしましょう」
と副理事長から、若い理事のNさんの訃報を知らされた。
えっ、どうして? と信じがたい。そう言えば関東は久々の雨、夜に東京は雪になると報道していた。車がスリップして事故にでも巻き込まれでもしたか。
だが今朝、起きる直前にふと、奥さまからの電話ならば、同じ女性として副理事長にあれこれと相談したかったのではないかと思い浮かび、早々にメールをした。副理事長は朝方奥さまを訪ね、姉上も昨夜から来ているし、Nさんのご両親もほんの2キロほど離れた地に暮らしていて、Nさんの友人たちからもいろいろ気遣いがあって、落ち着いた様子であったと知らせてきた。
2019年1月29日火曜日
快晴の高尾山、城山
今朝の晴天、ここを「私の里山」と決めた高尾山と城山に行ってきた。20日ぶりの山。石灰化の肩もいくぶん軽くなったので、脚の欲求に身を任せた。6時25分に家を出て、登山口に降りたのが8時。たくさんルートがあるうちの、わりと静かと聞いた沢沿いの6号路を登る。ずうっと沢の脇を歩く。高尾山頂が近くなって、沢そのものに踏み込むようになっている。でもそれもすぐに上りきり、舗装路を辿るようにして山頂の茶屋の脇にポンと飛び出す。
2019年1月27日日曜日
影が深まりをもたらす
昨日午後は、隔月seminarの日。講師は、車の設計開発に携わってきたMさん。話は、しかし、自動車の設計開発の手順を解きほぐして解説することに時間をとられ、それに取り組んできた彼自身の「生き方」にまで言い及ぶ時間がなかった。そういう意味では、「序論」であった。
2019年1月25日金曜日
どこに着地点を見出すか
右肩の痛みが、日を追うごとに和らいでくる。右腕を吊って肩が思わぬ方向へ動かないように、医者は吊具を貸し出してきた。服の着脱をする右腕と右肩の動きを自分でやると、痛くて適わない。腕の重さがこんなにあるものかと、感じていた。それが今朝ほどは、自分で脱ぎ着できる。肩のある部位を押すと痛みがあるから、まだまだ完治には遠いが、着実によくなっているのはうれしい。
2019年1月23日水曜日
ひとつ考えておかねばならないモンダイ
★ 「変わり者」で済ませるか
1/20の「積立金値上げ説明会」は管理組合の組合員に(値上げの必要性を)よく理解してもらえたというのが、一般的な評価でした。ただ一つ「論点の漂流」として取り上げた一人の組合員の発言が何を意味するものだったか、私の胸中に「わだかまり」を残しました。この組合員にはNさんという固有名があり、彼をよく知るご近所の方などは「頭のいい頑固でマイペースな方。他人の話を聞かず、自分の掘った穴に閉じこもって自己主張をする」という印象をもっているようですから、説明会場での彼の発言も「またか」というふうに受け取られていたようでした。
2019年1月22日火曜日
ストレスは溜まらないのに石灰が溜まる
先週金曜日、ストレッチをやっているとき、肩甲骨を開こうとしても、右腕が思うように後に動かない。少し強くやると痛みが走る。そう言えば、12月半ばから少しヘンだなとは思っていた。でも風呂でゆっくり温めると軽くなった。
2019年1月21日月曜日
論点の漂流
昨日(1/20)に「積立金値上げ案説明会」を開催した。おおむね順調に運び、終わりにさしかかって一人の人が発言した。
最初は「専有部分の修理修繕は各戸に任せるべきこと」という。それは11年前に「総会決議」した「規約改正」をちゃぶ台返しする意見だったため、「重層階の集合住宅がかかえる問題解決のために国土交通省がガイドラインを出した」ことにしたがっていると、すでに行った説明を繰り返した。
2019年1月20日日曜日
2019年1月18日金曜日
見守るコーチという仕事
東洋経済オンライン(2019/1/17号)を見ていたら、プロ野球の「大谷翔平・元コーチ」・吉井理人が「教えない理由」というエッセーを寄せていた。これが面白い。
「教えてはいけない理由」を五つ挙げている。まず、御覧じろ。
2019年1月17日木曜日
スティッキーにアクションを
今度の日曜日に、わが団地の修繕積立金改正(値上げ)案説明会がある。昨年5月末に就任以来8カ月越しの「課題」を一つ片づけることになる。「課題」に通暁しているがそれを遂行する「手順」を関知しない専門家たちと、「課題」にも「手順」にも関心を持たない住民との間を、お役目で務めることになった私たち理事会が仲立ちする。
2019年1月16日水曜日
ジョージアも自然に帰れか
ギオルギ・シェンゲラヤ監督『葡萄畑に帰ろう』(ジョージア映画、2017年)を観た。「ジョージア映画界の最長老監督が描く」とチラシのコピーに謳う。この監督の『放浪の画家ピロスマニ』を2015年にみて、2015/12/10のこのブログでも取り上げた。
2019年1月14日月曜日
身体を使うことが学びの入口
歩くということ
「分速80メートル」というのが不動産の物件表示における基本速度だと知ったのは、昔住んでいたマンションを売りに出したときであった。時速にすると4.8km、なんとも中途半端な速さ。この業界の人たちは何を基準にこれを決めたのだろうと、そのときは不思議に思ったが、それっきりで忘れていた。ところが、レベッカ・ソルニット『ウォークス――歩くことの精神史』(左右社、2017年)を手に取って頁をめくっていたとき、「時速3マイル」という表記があって、気がついた。これが「分速80メートル」だと。そうか、欧米由来の人の歩行速度だったのだ。
「分速80メートル」というのが不動産の物件表示における基本速度だと知ったのは、昔住んでいたマンションを売りに出したときであった。時速にすると4.8km、なんとも中途半端な速さ。この業界の人たちは何を基準にこれを決めたのだろうと、そのときは不思議に思ったが、それっきりで忘れていた。ところが、レベッカ・ソルニット『ウォークス――歩くことの精神史』(左右社、2017年)を手に取って頁をめくっていたとき、「時速3マイル」という表記があって、気がついた。これが「分速80メートル」だと。そうか、欧米由来の人の歩行速度だったのだ。
2019年1月12日土曜日
心とは何か
松原仁『AIに心は宿るのか』(インターナショナル新書、2018年)を読む。著者は人口知能学会会長を務めるなど、その道の専門家。ことに将棋のソフト開発では最先端を歩いてきた人のようだ。レイ・カーツワイルがAIの急速度の発展によって社会の大転換をもたらす技術的特異点・シンギュラリティが2045年頃にやってくると予言して以来、AIは人類の敵か味方かとまで論議は広がる。あるいは、AIと人間とがハイブリッドに融合して、いずれ21世紀には人間は無機物になると予測するAI学者もいるようになった。
2019年1月11日金曜日
奇才の源――若冲絵画の淵源
澤田瞳子『若冲』(文藝春秋、2015年)を読む。図書館の書架でタイトルを見て手に取った。何年か前、生誕300年とか言ってなかったか。ボラニカルアートのように細密でいながら、植物画というよりは生態画というように生きている盛衰をとどめる。動物も、たとえば闘鶏の絵も、筋骨の動きを透かし見るように躍動的であり、尾羽の先々にまで動きの力が伝わっている感触が行き届く。その色遣いの艶やかさも、目を惹く。
2019年1月10日木曜日
初詣ハイキング――私の里山を見つける
このところ晴れ続き。それが心配と気遣いながら登ったのは、高尾山。シモバシラを見に行きましょうと、kwmさんが企画し、案内してくれた。昨年の正月の5日に来てみたら見事なシモバシラがあった。それを皆さんに是非見せようと山の会の「日和見山歩」に組み込んだ。ところが、年末以来2週間以上もの晴れ続き。やっと寒さは平年並みになりはしたが、雨が降らない。シモバシラが見られないんじゃないか。そう心配していた。
2019年1月8日火曜日
ボーっと生きないって、こういうことなの?
「心動かされたい。でも、予測できないものには手を出したくない――。そんな空気が今、エンタメ・カルチャーを等しく取り巻いているように見える」と、朝日新聞(1/8)の「文化・文芸」欄が「ココロの行方」として紹介している。
2019年1月6日日曜日
「部族」化する世界?
ジェイミー・バートレット『操られる民主主義――デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』(草思社、2018年)が、世界を「部族」化しているととらえていて、私が抱懐している実感に近い。「部族」化というのは、同類の人びとが身を寄せ合うように集まってますます意気軒昂に、敵対する他者を攻撃するという社会構図を指す。
2019年1月5日土曜日
2019年1月3日木曜日
枯れてゆく
いま、日光湯元に来ている。息子家族と正月を過ごす。昨年は朝食後すぐに家を出発して、中禅寺湖畔の旧イタリア大使館辺りで孫たちを遊ばせた。湖畔のハーバーにぶら下がるつららに驚き、湖へ向かって投げる水切り石の飛び数が「とおちゃんすご~い」と言って、孫たちがはしゃぐのをみているだけで、いい人生であったと横に座るカミサンと言祝いだ。歌が浜でお昼をとって、午後は孫たちのスキー教室を覗いたりしたものだ。
2019年1月2日水曜日
初想
今日の早暁、夢うつつの中で「召命」ということばが浮かんだ。去年から思案していた、団地理事会の高齢化に伴う自助態勢をどうつくるか。結局行く着いたのは「理事長経験者らによる自助システムの構築」という案であった。だが「誰が応じてくれるかね」という疑念もあって、なんとなく落ち着きが悪かった。
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